2012年02月12日

ぶらミナト

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港区の保健所の見学会に行ってきました。大きな陶板のタイルは周囲の無機質な印象を和らげていて綺麗でした。

キャノピーは保健所らかしらぬ大胆なデザイン。でもかっか良いです。既存の桜の木が咲く頃にまた訪れたいですね。
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設計は大学の授業でお世話になっている中村勉さんです。ソーラーチムニーを核として様々な環境技術が導入されていて興味深い建築でした。設計者自らの案内で直接見ながら説明を受けられて有意義な見学会でした。見学当日の執務室は営業していませんでしたが、蓄熱効果なのか室内が暖かく湿度も適度でとても快適でした、しかも省エネ。足元から暖かい執務空間は何にも代え難い贅沢なスペースです。

見学会の後少し周辺をぶらぶらしました。
東京タワーの先端は曲がったままで、どうやって直すんだろうと余計な心配をしながら三田方面から芝公園のほうへ。
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途中、前事務所で担当していたコーンズハウスの前を通ると1階がだいぶ改装されていたことに少し驚きながらも綺麗に使われていることにいつも感心します。

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そこから日比谷通りにでて芝公園を横目に増上寺へ境内の猿の見せ物をみながら御成門の駅まで歩いていて帰宅。日比谷通りから愛宕山グリーンヒルズに映る東京タワー、プリンスの入り口あたり。(リコーGX200は夜は使いものになりませんねだいぶノイズがのってしまいます。)

東京タワー周辺は夜になるとライトアップされたタワーがランドマークとしてとても効いてることを再認識。東京スカイツリー周辺もそうなるでしょうね。


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2011年10月24日

Luangprabang 7 メコンを渡る

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街の中心から離れてラオスの普通の暮らしをみるためメコンを渡って対岸に行ってみた。

メコン川近くに行くと客引きの船頭が話しかけてきたので二人で往復10ドル程払い時間を指定して迎えに来るようにお願いした。
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川を渡ってからのメコンのパノラマ。中心の山がプーシーで小さいが黄金色の塔がみえる。クリックすると拡大します。
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船着き場近くは坂になっていて店舗が並んでいる。
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2011年10月22日

Luangprabang 6

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ランチをとって昼寝をしていたらスコールになってしまい、しばし雨宿り。でヒマしているあいだに沢山撮った物の中から少しだけ。

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味の良いレストランにはかならず欧米人がたむろしている。フランス領だったこともあってフランス人観光客が一番多いと聞いた。ここはガイドブックにはのっていない。これは観光地と呼ばれるところでは世界共通のような気がする。

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まさに傘の下で雨宿り。皆リラックスしている。

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雨上がりの路地裏。

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すれ違うと笑顔を返してくれる。

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バイクはほとんどノーヘルと二人乗り。日本も数十年前はこうだった。

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ここもガイドブックには紹介されていない。女性店主だった。彼女が着ていたシルクのスカートをお土産に購入。

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カフェはどこも欧米人で占拠されている。

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宿泊したプーシー・ホテルこの街で最も古いホテルのうちのひとつとガイドブックにはかかれていた。

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街のあちこちで見かけるランプ素朴で良い。

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2011年10月17日

Luangprabang 5 

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Luangprabang 5 
Wat Xiengthong ワット・シェントーン 1560年建立の寺院。湾曲した屋根を幾重にも重ねる意匠が印象的。

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内部の仏像。日本と明らかに顔が違う、眉毛の部分が湾曲していて笑っているようにも見える。

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有名な「マイ・トーン(黄金の木)」かつてここにたっていたとされる160mの大樹がモチーフ。

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ガラスのようなタイルによって装飾されている。

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プーシー(Phousi)とは仙人の山という意味らしい。この町の一番高い場所にあって何処見える場所に建っている。下の写真はここから見渡したパノラマ写真、メコン川が見渡せる。

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この日昼食をとったレストランの川に面した桟敷席。台風でも来たら吹き飛びそうな華奢な作り。手摺りも何もない。

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食事は何処に行っても総じてうまかった。ここではカレーを食べた。

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2011年10月06日

Luangprabang 4 朝市

朝市 
豊かな食の彩り。

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2011年09月27日

Luangprabang 3 托鉢

Luangprabang 3
朝の托鉢。ルアンバパンは仏教信仰の厚く街のいたるところに寺院があり、朱色の衣の修行僧を見ることが出来る。朝になると街のメインストリートは托鉢修行の僧たちの列で一杯になり、市民の人達がご飯を僧の持っている鉢の中に入れてゆく。修行僧達はこれを昼までの食事としているらしい。Luangprabang 1にも書いたが僧侶の中には小さな子供もいて寺院が子供の教育機関のかわりとなっている。

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修行とはいっても僧侶達の中にはカメラを向けると笑顔を返してくれる僧もいてストイックな雰囲気はあまり感じない。この日は雨が降ったり止んだりで僧達は衣装にそぐわぬ傘を携行していた。

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托鉢でご飯を配っているのは女性しか見かけなかった。見ていると参加するように街の人に促されたりしたが、カメラを持って観光気分で出で立ちでは失礼な感じがして断った。

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信仰心が厚く朝はこのようなお供えをしてひざまづいているひとをよく見かけた。

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道路で炊き出ししている、5時半くらいから托鉢がはじまるので5時前には飯炊きをして準備しているのだろう。

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2011年09月04日

Luangprabang 2

 Luangprabang2 成田からハノイ経由でルアンパバンと飛行機で行ったので朝成田を10時頃のフライトでハノイのノンバイ空港まで約5時間乗り換えの待ち時間が4時間あって結局ルアンパバンの空港に着いたのが現地時間19時30頃であった、ただし時差が3時間あるので日本時間で言えば22時半なので丸1日の移動と言うことになる。

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 3時間の時差があるのでホテルにチェックインしても9時過ぎである。街ではメインストリートでは毎日夜市がたっていて、賑わいを見せている。シルクの織物や銀細工などが特産と聞いていたが様々な物が売られていて見ているだけでも楽しい。帰りに夜市の近くにあったオープンレストランで食事をしてホテルに帰る。さすがに少々疲れた。


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2011年09月03日

Luangprabang 1

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 Luangprabang ルアンパバン 世界遺産の街に7月末に行ってきました。直行便はないので成田からベトナムのハノイで乗り換えです。

 今回は大学の非常勤で一緒だった先輩の田村さんからのお誘いで田村さんの奥さんと杉浦さんの4名で行ってきました。ラオスなんてなかなか自分では行こうという発想にならない場所で聞いたときは街の名前もはじめて聞いたくらいでした。でも調べれば世界遺産の街ということもあって地球の歩き方にも載っているし、ネットにも少し情報がでていて、意外だったのはヨーロッパでは人気の観光地らしい。はじめの写真は托鉢の様子である。朝6時頃に街のメインストリート(Sisavangvong RD)ではじまる。仏教徒の修行のひとつで古代インドから伝わっている。ほとんどは子供達でまだ日本なら小学校にならないくらいに見える小さな子供もいた。あとからラオス人のガイドに聞いたところ、出家している子供達はお寺で修行をしながら読み書きも教わっているらしい。ラオスには義務教育がなくお寺がその役割を担っている部分もあるという。今月少しづつ写真を公開していこうと思う

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2005年12月08日

鳥居坂史跡散歩ルート

日曜の朝、息子に「坂道いこう!」8時頃に起こされ寒そうでいやだったのですが、しぶしぶながら行くことに決め、息子に本を持って来させて決めたルートが鳥居坂ルートです。というわけで妻と息子(7歳)娘(もうすぐ3歳)の4人で出かけました。そして大江戸線に乗って六本木へ到着!アマンドの前を通って外苑東通りへ。一枚目はご存じ景観論争というか騒音論争というか・・・ドンキホーテです。
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地図

外苑東通りから右に入って鳥居坂方面へ右に入って直ぐの地下のあるビルがあって、その昔勤めていた小沢建築研究室の忘年会で何度か行ったことのある天ぷらや「魚新」がなくなっていてショックでした。というわけでネットでさがしてみたら日本橋に移転していました。店の雰囲気から言っても日本橋のほうがあってますね。(魚新
写真は港保健所前あたりです(地図
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東洋英和女学院の前を抜けて、改修というか再開発中の国際文化会館の前です。国際文化会館は前川圀男、坂倉準三、吉村順三の共同設計で一時保存が危ぶまれていましたが、ご覧通り改修しています。
地図
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柱脚部のアップです。完全に持ち上がっています。
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シンガポール大使館です。警備が厳重で近寄りがたい雰囲気でした。
地図
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目的の鳥居坂です。こうして碑をみるのは初めてです。かなり急な坂です。
地図
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鳥居坂の由来が書いてあります。
この碑には「慶長のころこの地を賜った鳥居彦右衛門からきた」とかいてあります。タモリの本ではもうひとつ、「麻布氷川神社の二の鳥居があった」と二説あると解説があります。
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坂を下って見上げたところです。
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鳥居坂はおわり・・・実はちょっと下調べを怠り道を誤りました、3歳の娘もいてなかなか小回りが利かないので(娘に責任転嫁して)、目の前の麻布十番から暗闇坂へと行くことにしました。

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2005年06月28日

福岡 その2

キャナルシティ
まだ6月というのに東京は35度を超えました。少し涼しい画像を。
先月行ったキャナルシティ博多です。1時間おきに噴水ショーが行われている様子。

キャナルシティ
ここの雰囲気はフロリダのディズニーのような虚構の世界です。キャナルを介して密度の高い商業建築になっています。最近出来た六本木ヒルズに比較しても良くできています。(ヒルズは段差有り、行き止まり有りで最悪ですが・・)
キャナルシティ
中州の屋台を模したようなワゴンショップ。渦巻きペイブメントはなかなかです。
キャナルシティ
宿泊したキャナルシティのグランドハイアットのサニタリー、トイレの上にテレビがあるのですが、用を足しながらは見られないのが今ひとつ・・・小なら見られますが、撮影している側にバスがあるのですがこちらも遠くて見にくい。でもバスの時はずっと付けていましたが。
ホテルはロビーや客室のインテリアはなかなかでした。キャナルシティーに来た際にはオススメです。

投稿者 ishikawa : 18:16 | コメント (0)

2005年06月13日

長崎 その3

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グラバー園を後にしてここに来ました。長崎平和公園です。原爆落下の中心地とその北側に世界平和を願って造られた公園である。

ここには原爆投下前には刑務所があったらしい・・・意図的な投下ポイントであったのかはわからない。
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いまでもその廃墟となった刑務所の基礎の一部が残されている。
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ホテルに戻っての夜景。正面がグラバー園方面である。高松伸氏設計の旅客ターミナルが見える。
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投稿者 ishikawa : 09:22 | コメント (0)

2005年06月09日

長崎 その3

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グラバー園のつづき
最後にグラバー邸を訪れました。写真は、これがポルティコ部分です。グラバー園みたポルティコの天井はみな格子組の天井でした。これは建設当時からなのでしょうか?あまり見かけたことのない仕上げでしたのでちょっと驚きでした。涼しげでなかなか良いですけど。

全景ですと言いたいですが半景くらいですね。グラバー邸を訪れたことのある人はわかると思いますが全景を捉えられるポイントがないのです。
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内部のサンルームです。ここで蘭を育てていたのでしょう?中央付近にキリンのマークのモデルとなったと言われている狛犬が見えます。(ちなみにキリンのロゴのデザインは建築家六角鬼丈氏の父上だそうです)
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グラバー邸は1863年に建設され日本で最も古い木造西洋風建築です。
主のグラバーは、貿易商で幕末には薩摩や長州に武器を売ったりしていましたが、売り掛けが回収できず一度倒産しています。明治には岩崎弥太郎の三菱商会とともに歩み、日本の近代化に貢献した人物です。日本で初めての蒸気機関車を長崎に走らせたのも彼でキリンビールの創立などにも貢献しています。グラバー邸にはキリンのマークのもとになったと言われている狛犬がいます。
明治41年外国人として初めて勲二等旭日重光章を受けています。

投稿者 ishikawa : 12:15 | コメント (0)

2005年06月07日

長崎 その2

旧オルト邸
長崎グラバー園のつづき 写真は旧オルト邸、長崎に残る石造りの洋館としては最大級のもの。

ポルティコ。柱は天草石を使用している。
旧オルト邸
オルト邸の裏にある炊事場。独立した建物になっている。こういう形式のものは初めてみた。
旧オルト邸
炊事場の中です。
旧オルト邸
エントランス正面にある噴水です。
旧オルト邸噴水
この家の主であったオルトは開港とともに長崎にやってきて、九州のお茶をアメリカなどに輸出して大成功をおさめた人物だそうです。

つづく

投稿者 ishikawa : 20:27 | コメント (0)

2005年06月03日

長崎 その1

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柳川からつづき長崎です。(旅の順番は逆だったのですが)
写真は大浦天主堂、日本にある最古天主堂で国宝に指定されている。そのほか長崎を中心として天主堂が多くこのあたりにはあるらしい。
天主堂巡礼天主堂巡礼—織田寧人写真集
天主堂巡礼—織田寧人写真集
織田 寧人

大浦天主堂をみてからグラバー園へ

グラバー園内には坂を昇るエスカレーターがある。それを利用して丘の一番上まで行くと、「旧三菱二ドックハウス」前にでる。ドックハウスとは修理の為に船が造船所に入っている間に乗組員が宿泊した施設のことらしい。
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バルコニーからは長崎港が一望できる。見ている方向は長崎市内方面で山の向かうに原爆が落とされた見えている山が障壁となり、このあたりは被害が軽度であったとガイドが言っていた。
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下の写真は旧リンガー邸
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旧リンガー邸のポルティコ部分 グラバー園にはこの他にもこうしたテラスのある洋館があってそれぞれ趣向を凝らしたデザインが楽しい。
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つづく

投稿者 ishikawa : 18:06 | コメント (0)

2005年06月01日

柳川 その2

柳川 その2
数年前、なぜ柳川に行きたくなったかというと「東京日和」に影響されたから・・・もちろん写真集と映画両方。映画はややセンチメンタルすぎたが、柳川の風景は美しかった!映画はアラーキーの写真集をもとに映像化された。

偶然にも結婚式の場面に出くわした。(映画にもこんなシーンがあったはず。)写真の左奧に神社があり、川を下ると披露宴会場がある。以前、潮来を訪れた時に、潮来では昔は花嫁は皆、船に乗って嫁いできたと、老婆の船頭が語っていたのを思い出した。

川の途中にはこうした店が2カ所ほどあった。売り子のおねいちゃんが声をかけてくる。潮来にこのような場所はなく、もっと素朴だった。そういえば、松江にも堀の遊覧があり柳川を参考にしたと聞いたことがある。
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この洋館は「御花」と呼ばれている、旧城主立花家の邸宅地でこの洋館に裏には昔の和風邸宅と庭園がある。
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柳川滞在はわずか数時間という短い時間であったので散策もできずじまいで街のスケールもわからなかった。
ちなみに
この地のゆかりのある文人は北原白秋は生家があり、檀ふみの父、檀一雄もこの地に住んでいたらしく、年に一度必ず、檀ふみはお墓参りに?(たぶん)訪れていると船頭から聞いた。

いずれまた、こんどは、西鉄でゆっくりと訪れてみたい。

東京日和
東京日和
荒木 陽子, 荒木 経惟

東京日和
東京日和

投稿者 ishikawa : 09:02 | コメント (0)

2005年05月31日

柳川 その1

柳川
先週、長崎、福岡を旅した。招待ツアーで行ったので自由に観光する時間は僅かであったが初めて行く場所は新鮮であった。ということでまず、柳川から。
数年前に行く計画をたて断念した経緯もあって楽しみだった場所。堀の周囲には柳川のいわれとなった柳が見える。最近市町村合併して左側が新たに柳川市となって景観整備されたとのこと。

有名な川下り楽しみにしていたのだが、生憎の雨、川下りの会社で雨合羽を貸してくれた。
船は下のような船頭のいる手こぎ船で15人位乗れる大きさである。
柳川
川下りは実際には城の内堀と外堀を利用しているらしい。堰で水位を調整しているてめその変化は数10センチ程でベニスのように潮位に悩まされるようなことはないらしい。正面に船着き場が見える。
柳川
各所に橋が架かっており、場所によっては頭を下げないとぶつかるような所もある。
柳川
つづく

投稿者 ishikawa : 04:35 | コメント (0)

2005年05月16日

横浜 帝蚕倉庫

横浜 帝蚕倉庫
これは?芝生ではありません。

これが正解です。
横浜で見つけました。みなとみらい線の場所道駅の近くです。よく見ると雨樋も鉄骨階段も覆われています。使ってないのでしょうか?地図
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横に少し回り込んでいます。全て覆い尽くされた姿をみてみたい。断熱効果があるかもしれない。
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冬はどうなっているんだろうか気になります。

投稿者 ishikawa : 08:13 | コメント (0)

2005年03月31日

ネッコ坂史跡 お散歩ルート その4

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Tod'sに後ろ髪を引かれながら、ルートに戻り、ネッコ坂へ向かう。
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ネッコ坂です。タモリの本では「江戸のはずれにあった稲葉長門守の屋敷の北脇を、西方隠田村に下った坂道です。根のようなカーブが由来で、現在坂下はキャットストリートです。」写真の左手は民営化で話題の郵政公社の宿舎です。いい場所にありますね。
地図
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坂下から写真左手は天理教の建物のようです。これでおしまいです。
地図
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日曜はもの凄い混雑です。いつもなかなか事前の準備が足りないのと、チビ連れで思うように動き回れないこともあって、内容の薄い取材で反省です。歩いているときは気がつかない建物の名前が、マップファンに書かれていて、そうなのかぁ〜といいう感じですから。次はサクラが咲いている内にサクラの綺麗な坂に行きたいですね。

投稿者 ishikawa : 15:01 | コメント (0)

2005年03月30日

ネッコ坂史跡 お散歩ルート その3

勢揃い坂
勢揃い坂です。別名、源氏坂。由来は永保3年(1083年)の後三年の役の出征前に、源氏(八幡太郎)義家が軍隊をここに集めたことから、らしいです。
地図

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勢揃い坂からキラー通り、ワタリウムを横の脇道に入って行きます。このあたりからなんとなく表参道に向かって段々と賑わいを増していく雰囲気で、ちょっとランチタイムということでカフェへ。
地図
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そして、表参道に辿り着き、天才、伊東豊雄が手がけたTod'sの交差点です。実は竣工してからははじめてなので、場違いな身なりのまま中へずかずか上がり込み、インテリアも体験してきました。スバラシイ!の溜息のでるようなデザインでした。帰りに際にも新たな発見!なんと免震構造じゃないか!しかもコンクリリートとガラスの面精度も信じられないくらいで・・・・しかもしかも、写真のエントランス部分の大ガラスの処理なんて、凄すぎでした。敬服。
地図
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・・・充分堪能して、またネッコ坂ルートに戻ろうとしたところだめ押しで・・・この扉ですよ。これくらいスティールでも良いじゃないか?この気合いの入り方はきっと、このドアが対面するのは、先日なくなられた巨匠丹下健三のハナエモリビルのだから?と思ったりして。そういえば今日、朝日の夕刊で巨匠丹下健三の葬儀が行われた記事が載っていました。磯崎さんが声を震わしていたという記事とハナエモリのコメントなど印象的でした。


投稿者 ishikawa : 08:39 | コメント (0)

2005年03月29日

ネッコ坂史跡 お散歩ルート その3

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千駄ヶ谷の富士塚を後にして、観音坂へ・・・・緩やかです。・・・と思ったら道を間違えたようです。真っ直ぐかと思ったのですが、左に曲がるのが正解でした。
地図

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この界隈はお洒落な店が点々としています。古い建物をリニューアルをしたようです。
地図
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これが榎木坂のつもりだったのですが、間違えたようです。残念。リンクした地図の西側を見てます。
地図
正解はこっちのようです。
地図
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間違えたので、外苑西通りに出るために、千寿院の下を抜けるトンネルをくぐりました。幽霊かと思ったらカビキラーをかけられれている火星人でした。
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地図
外苑西通に出ました。千駄ヶ谷インテンスが見えます。回り道をしただけで、千駄ヶ谷の駅からはあまり進んでません。
地図)北を向いて撮影。
大夫ルートを逸脱したのでネタ不足に陥りました。次回は正規ルートに復帰したのでネタ満載?でお届けします。

投稿者 ishikawa : 08:37 | コメント (0)

2005年03月28日

ネッコ坂史跡 お散歩ルート その2

千駄ヶ谷の富士塚
昨日の正解は画像に書かれた通り「富士塚」です。恥ずかしながらこんな信仰が江戸時代にあったなんて知りませんでした。「千駄ヶ谷の富士塚」は原形を良くとどめており、東京にあるものでは最古のモノらしいです。
地図

千駄ヶ谷の富士塚
下からみるとこんな感じです。なかなか立派です。
千駄ヶ谷の富士塚
上からみるとこんな感じです。富士の溶岩を持ってきたのだろうか?富士山に登った時もこんな岩肌でした。登山道なども本物を模しているらしい・・・。登ってみると低いながらも、なかなか険しい箇所があり、富士登山をミニマライズしていて楽しい・・・というか作った人達が楽しんで作ったに違いない。全体に溶岩でゴツゴツしてウンチのような形状を思わせると思ったら、降りる時にも特大の犬の糞が落ちていた!
千駄ヶ谷の富士塚
反対の登り口。撮影時手前のパイロンに気づかなかった!

投稿者 ishikawa : 17:17 | コメント (0)

2005年03月27日

ネッコ坂史跡 お散歩ルート

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約一月ぶりの「タモリの坂道美学入門」です。ルートは「ネッコ坂史跡 お散歩ルート」千駄ヶ谷駅から明治神宮前までので約3.3キロのコース。本とは逆の千駄ヶ谷スタートで行って来ました。写真は千駄ヶ谷の駅から、東京体育館いつ見てもギラギラです。たぶん3回シリーズくらいでアップします。
地図

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東京体育館のプールの壁にアイビーが這い上がってます。よく見ると撤去したような跡が残っている。槇事務所の建物にアイビーは似合わないです?・・・。(地図
その向かいにオリエンタルな雰囲気の家具と雑貨のお店がありました。なかなか品揃えで、本格的な家具が沢山置いてあり、天板や欄間だけでも販売もしてました。要チェック!(地図
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鳩森八幡宮前の交差点。
地図
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鳩森八幡宮前の交差点を左に曲がり今回のはじめ坂、「観音坂」へ向かおうとしたところ異様な築山を発見!これはなんぞや??ということで迂回して鳩森八幡宮の境内へ向かいました。・・・つづく。
この築山の正体をご存じの方いらしたらコメント下さい!正解は次回で。

投稿者 ishikawa : 17:48 | コメント (0)

2005年03月25日

加賀市でみつけた 番外編

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いつも加賀市でお世話になっている加賀ホンダ。

八王子からバスで早朝5時到着して加賀ホンダまで徒歩5分。加賀ホンダの前の駐車場からリースしているシビックで尼御前岬へいき、仮眠します。尼御前には北陸道のパーキングがあるので、とりあえず不便はありません。あと2回か3回行って、しばらく休みまた8月から仕事が再会します。
加賀ホンダさんには、格安の値段でリースさせていただいていて、大変助かっております。今後ともヨロシクお願いします。

投稿者 ishikawa : 08:40 | コメント (0)

2005年03月07日

加賀市で見つけた12 北前船の里 橋立

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加賀市には橋立町、瀬越町、塩屋町の北前船主の里がある。今回はそのうち橋立町の紹介です。(地図)写真は北前船主の里資料館の母屋。

北前船とは、江戸中期から明治にかけて、大阪を起点に瀬戸内海から日本海を抜けて北海道までのも航路を、積み荷を売買しながら各地の港に寄港した商船のことを言います。1976年の「船道定法記」によれば、当時の橋立村には48名もの北前船主がいたと記録されており、明治から大正期には「日本一の富豪村」として広く知られていた。(出典:大聖寺藩簡単ガイド)
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蔵六園の中庭、蔵六とは亀のことで庭石の形に由来している。
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板塀と石畳、石畳は最近整備されたものと思われる。

投稿者 ishikawa : 09:26 | コメント (0)

2005年03月02日

篠原の金明竹 「加賀市でみつけた」その11

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国指定の天然記念物の「篠原の金明竹」節ごとに色が異なるのが特徴である。

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ここからはここに置かれていた説明書きの栞から引用させてもらいます。
「金明竹は眞竹の一種で、明治9年6月突然変異で河崎さん宅地内に発生した、金色に近い黄色の幹と、筋模様のある葉を特徴とし、珍しき竹により、明治18年明治天皇北陸巡幸された際に河崎さんと村の役員の方が献上したる際に天皇より篠原の金明竹と命名下されたのであります。
明治9年発生以来、命名される迄篠原の人達は縞竹と呼んでおりましたが、命名後は篠原の金明竹としてひろく世間に知ることとなり、昭和2年4月8日、国指定の天延記念物に指定されました。」加賀市篠原町金明竹保存会
竹はご存じの通り花を咲かせて一斉に枯れるので、保存にはご苦労があったと聞いた。いつまでもここに無事にあることを願う。
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先日撮影した篠原地区の遠景写真、瓦の家並みが美しい。

投稿者 ishikawa : 08:57 | コメント (0)

2005年03月01日

新宿駅南口

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現在の新宿駅南口。高島屋とサザンテラスが出来てから、南口駅前の歩道が飽和状態であったわけだが只今工事中で、歩道が広がり正面には遠距離バスのローターリーなども整備されるらしい(現在もあるが)今は臨時に広がった歩道に夜になると屋台がでる。なにやら新宿らしくてこのまま残して欲しい感じだが、きっと出来上がると新宿らしくない小綺麗な風景になるのだろう。(地図

投稿者 ishikawa : 08:33 | コメント (5)

2005年02月28日

竹の浦館 旧瀬越小学校「加賀市で見つけた」その10

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加賀市の瀬越は北前船で栄えた街である。竹の浦館は、江戸中期頃その大家、廣海家によって寄付されたものです。瀬越小学校として使われていたものを改修したもの。(地図

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正面から開口部のサッシュは複層ガラスで改修されていて、古い外観にあわせて、うまくデザインされている。
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右手が食堂で、建物配置は正面から見るとEの字形になっている。
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講堂の木造架構、10mスパン位だったように思います?
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同じく木造架構。
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2階の廊下。なにやらノスタルジックな感じです。

「加賀市で見つけた」その1〜9はこちらのページを開きカテゴリーの発見town watchingをご覧下さい。

投稿者 ishikawa : 09:52 | コメント (0)

2005年02月24日

蛍坂 〜富士見坂その3

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七面坂を諏訪台通りに戻ると大黒天があります。そういえばこのあたりは七福神巡りでも有名だったことを思い出す。(地図

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諏訪台通りを進むと朝倉彫像館です。(地図
この先に「タモリの坂道美学入門」の紹介されていた店があるのでそこで食事にしようと目論んでいたら、連れの息子がその先にあったそば屋を指さし「そばがいい!」と訴えるので、予定を変更してそば屋へ。そこの名物は「七福神そば」らしいのだが・・・注文してから気が付く失態。でもなかなかおいしいそば屋さんでした。昼食後さらにさきへ。
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写真は観音寺の練り壁、蛍坂へ抜ける途中にあります。(地図
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ここが蛍坂・・と思っていたのだが帰って地図を確認するとここへ抜ける手前の狭い路地が蛍坂らしいのだ・・・坂になっていなかったように思うのだが・・。「タモリの坂道美学入門」には写真が載っているのでそちらで見て貰いたい。(地図
だいたいこのコースの目的は達成されて、この先の谷中小学校で根津に住む友人と待ち合わせの電話した。(地図
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そして写真の蛇道をぬけて「芋甚」という店でお汁粉を食べました。ここで谷根千界隈の地図を購入し改めてこの界隈の面白さを知る。(地図
次回は千駄木から根津にぬける「三浦坂」のコースをチャレンジしてみよう。今回はレポートするには準備不足でイマイチな感もありましたが、徐々にレポートの質が進化することを期待してくださいませ。

投稿者 ishikawa : 09:30 | コメント (0)

2005年02月23日

谷中銀座 〜富士見坂その2

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谷中銀座見つけた一番のお気に入りは各商店の篆刻(てんこく)看板である。芸大の学生が協力しているのだろうか?気の利いたデザインのものが多く見受けられた。 (地図

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こんな感じで並んでます。
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庇もお揃いのようです。
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夜はライトで照らされるようです。
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谷中銀座通り、東電さん電柱なんとかしてよ!と言いたくなりますね。
谷中は頑張って街づくりがされていて、歩いていても住民のやる気を感じます。
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谷中銀座を抜けて、七面坂を上がってもとの二股の道路に戻りました。

投稿者 ishikawa : 08:54 | コメント (0)

2005年02月22日

富士見坂

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タモリの「坂道美学入門」をエントリーして随分たってしまったが、本を片手に散歩してきました。(引っ越し前のブログでの話)
ルートはJR西日暮里駅から谷中界隈を通って千代田線の千駄木駅へぬけるルートです。3回くらいでこのルートのレポートします。
写真は西日暮里の駅の脇を諏訪台通りへ登る坂、特に名前はないがスタートの一枚。
地図

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この写真がタイトルの「富士見坂」晴れていれば今もこの先に富士山が見えるらしいのだが、あいにく曇りでした。この界隈は谷中の寺町で周囲はお寺ばかり、写真の左側の壁も「妙法寺」の壁。(地図
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富士見坂を下らず諏訪通りを進むと七面坂になります。二股の左の方です。右へ行くと谷中銀座です。(
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写真をよく見ると「質屋おぢさん」なる看板が?当日は気が付かなかった!残念。
ということで、賑わっている谷中銀座の方へ下りました。
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谷中銀座へ下る階段を振り返る。「夕やけだんだん」と言う階段。由来は不明。(
地図
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谷中銀座は日曜日ということもあり、賑わっていた。・・・・つづく。

投稿者 ishikawa : 09:09 | コメント (2)

2004年09月02日

加佐ノ岬 「加賀市でみつけた」その2

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日本海には夕日が沈む
太平洋側に住む人間とって特別な風景である。
仕事が終わって夕日が出ていたので、とりあえず橋立の方へ行き、海岸沿いを車で走りこの岬を見つけた。
岬は小高い台地上で車で行くとそこは山の中である、駐車場に車を止めて岬の方へ歩くと急に眼下に海が広がる

このあたりは国定公園で加賀海岸の特徴的な海蝕崖で、海蝕崖とは軽石質砂岩からなり日本海の荒波に削られてできたもので約35キロ続いているらしい。
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岬には灯台がある、下の写真の右上から左下に下ってきた。
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帰り道は暗くなってしまい、やや不気味な雰囲気になり、拉致されないかと不安だった(笑)
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車で海岸へ向かう途中夕日が見えていたのだが、珍しい友人からの電話で時間をとられ、結局夕日が沈むところは見られなかった。

投稿者 ishikawa : 23:13 | コメント (0)

2004年08月28日

ドームハウス 「加賀市でみつけた」その1

ドームハウス
はじめに
「加賀市で見つけた」その1
現在このウェブログを運営しているdpaでは石川県加賀市で小学校の工事監理をしている。八王子から加賀市まで深夜バスで往復し、現地はレンタカーで移動している。バスが一日一本で、しかも朝5時に到着し夜11時40分に現地を発つため、真面目に仕事をしても尚、現地で時間に余裕があるので「加賀で見つけた」をはじめようと思いたつ。いまのところ現場には週に1回の予定なのでこのシリーズも週に1回のペースです。読者の皆さんも加賀市、あるいは周辺でレポートのリクエストがありましたらお知らせ下さい。

ドームハウス

ドームハウス
以前から小松空港から現場へ向かう途中で気になっていた建物で、最近、日経アーキテクチャーに紹介されていて驚いて撮影しました。
写真の上がドームハウスで下が社屋です。
一見フラーの自動車の流線型を彷彿とさせるこのドームハウスは、ユニット式で素材が発泡スチロールなので軽量で施工が簡単らしい。また居住性能も断熱性能がよく、床暖房ユニットもあるらしい。
詳しくはこちらから
ジャパンドームハウス
リゾート地での需要が高いようだが、災害時の避難キャンプにも応用できる技術のように思う。
ただ我々としてはもう少し格好よさもあってもよいかなと・・。

投稿者 ishikawa : 23:05 | コメント (0)

2004年08月03日

不動通りでみつけた その6「ゲート」

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その1であつかいました、不動通りの顔であるゲートの別バージョン。
水道道路との境とその1のゲートの山手通りとは反対側の終わりの2カ所
にあります。

この写真は昼間に撮ったもので少々わかりづらいのですが、中に照明が
しこまれておりまして、夜になると「FUDO DORI」の文字とトナカイや
雪の結晶などの型をぬいた部分が赤くひかります。
(なんだかクリスマスみたいですが、、、、)

その1のゲートは「ふどう通り」→ぶどうどおり
その6のゲートは「FUDO DORI」 →フードどおり
と読めてしまうのが私としては一番気になるんですが。

名前はきちんと伝えたいものです!

kao

投稿者 ishikawa : 12:06 | コメント (0)

2004年07月28日

不動通りでみつけた その5「イランのお店」

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何のお店だと思いますか?

最初に覗いたときは、独特のタイルの青から「トルコ」かなあと
思いました。実際は「イラン」のお店。中にはイランで焼いたタイル、
照明、織物(手書き)など小物があふれています。ちょっと独特の
香りもします。タイルの模様は本当に繊細で緻密。
えっ手書き?って感じ。
輸入雑貨のお店って結構いろいろあると思うけど、イランって珍しい。
私はその文化の一端に初めて触れました。

kao

投稿者 ishikawa : 12:09 | コメント (0)

2004年07月26日

不動通りでみつけた その4「幡ヶ谷浴場」

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不動通りを脇道にはいったところにある「幡ヶ谷浴場」。民家の真ん中に
あり一瞬みのがしてしまいそうですが、あります、、、、、看板。

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ここって本町だけど「幡ヶ谷」なんだなあ。入り口はさらに奥まったところ
にあり、営業時間外なのでしっかりシャッターが閉まっていて中の様子は
わかりません。(一度入浴に来ましょう。)
このあたり、古い木造賃貸住宅なども残っているのでご利用者もたくさん
いるのでは、、、。
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空を見上げると不動通りと周辺の町が一望できそうな煙突が有ります。

kao

投稿者 ishikawa : 11:49 | コメント (0)

2004年07月13日

不動通りでみつけた その3「手焼きせんべい屋」

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不動堂近くにある手焼きせんべい屋。なんとも美味しそうに並ぶせんべい。

このなつかしげな店、現在建物は改修中の様子でシートに覆われてこのファサードしか見えない。改修後はさらにお店にまで手をつけるのか?いえいえ、このくりぬきのの感じのまま、まわりは綺麗になってもこの雰囲気のまま存続していただきたい。
改修後の様子はまたお知らせしまーす!

kao

投稿者 ishikawa : 11:47 | コメント (0)

2004年07月10日

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不動通りというからにはその由来あり!山手通り側に荘厳寺と不動堂がある。

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平日昼間、おまけに気温35度となるとさすがにひとっこひとりいない。猫もいない。賽銭箱に気持ちばかり入れ、「こここは何が専門(?)かな」と考えつつも一応、事務所の繁栄と家内安全をお願いする。由来めいたものを探すがとくにこれといってない。(今度調べておきます)帰り際、看板を発見。「そうか、ここに集まっても最終的には明治神宮な訳ね」と妙に納得して仕事に戻ったのでした。
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kao

投稿者 ishikawa : 11:45 | コメント (0)

2004年07月09日

不動通りでみつけた その1「ゲート」

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事務所近くにある渋谷区本町不動通り。渋谷区とはいえなかなか味がある。先日はNHKの深夜連続ドラマの撮影もおこなわれていた。(俳優の筧さんが走ってました)

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山手通り側にあるゲート。内側から見ると向こうに新宿パークタワーが見えるけど、ゲートのロゴが何とも時代を思わせる。このゲートはなぜか道路に対し斜めに立っている。写真を斜めに撮っているせいではない。より大きく幅広に見せる為か、製作寸法を間違えた(ということはないか)からか?不自然な始まりなのである。

kao

投稿者 ishikawa : 11:35 | コメント (0)