2012年04月24日
参勤交代のススメ
「日本人はどう住まうべきか」養老孟司、隈研吾の対談のメモ。
大学で設計教えていると課題に関連して書籍を購入することが多い。
タイトルは仰々しいが内容は具体的な住まいの話ではなく日本人の社会全般に対する二人の雑感のよな対談である。参勤交代のススメとは養老先生が随分前から提言している住まい方のススメで、1年のうち都市に半分、田舎に半分ずつ交代して住みなさいと言うこと。都市は極度に脳化していて身体感覚が衰えるので、田舎で生物としての肉体感覚を取り戻すことでバランスのとるということで、これは個人だけの問題ではなく都市の人間は田舎に考えが及ばないし、その逆もしかりで社会全体の思考もこの参勤交代によって健全な思考になるということだったように記憶しているが、この本の中では単に視点が単一にならないようにするためと書かれている。
幼少の頃育った埼玉県八潮市は廻りは全て田畑のようなことろだったが中学、高校になると次第に周辺の緑は住宅へと変わり今では筑波エクスプレスも通り高層マンションも建ち並ぶ都市化された風景に様変わりしている。自分は高校から東京に通い始めそこから都心生活がはじまるわけだが振り返ると30年来都市化された場所で生活をしてきたことになる。今にして思うと小学生くらいまで自然の中で生活した体験は田舎暮らしの体験としてとても貴重だったように思う。早朝から自転車の乗ってクワガタ取りに行ってぬかるんだあぜ道にタイヤがはまり動けなくなりバランスを崩し小川に転落したことも懐かしい。自分の子供達など虫も触れないし樹にも登った事もない肥だめの匂いも嗅いだことはない、やっぱりこれはちょっとまずいのではないかと思うことがある。
参勤交代というライフスタイルを実践するのは簡単ではないが、都市化された場所しか知らない子供達の為と自分の錆びついた身体感覚を取り戻すために少し思案せねばなるまい。長期休暇を取ってなるべく田舎暮らしを体験できるように考えよう。
この本のなかで養老先生はラオス、ルアンバパンのことを気に入っているご様子。自分も昨年訪れ経済的に貧しくても日本人よりずっと楽しそうに暮らしている様子が印象的だった。
投稿者 ishikawa : 08:42 | コメント (0)
2011年11月13日
スティーブ・ジョブス
スティーブ・ジョブスの伝記を読んだ。面白かった。建築を考える上でも人生を考える上でも示唆に富んだメッセージがこの伝記には数多く含まれている。
思い通りにならないなら、ヒステリックに泣きわめき、人を裏切り、目的のためなら後ろから刺すことも厭わない・・・・!これだけなら飛んでもない幼稚な人物で片付けられてしまうのだが、彼がそうではなかったのは、アップルやピクサーが少なくても業界を一変させ世界を変えたからだろう。しかし我が儘な人間はデザインの世界では意外と多く習性とも言えるかも知れない。それでも伝記に書かれたデザインのプロセスは読んでいて興奮する。
マイクロソフトとアップルがPC創世記の頃に戦った経緯と結果は誰しも知っている過去の出来事であるが今度はスマートフォンに舞台を変えてグーグルとアップルの戦いへの移行している。この二つの時代に共通するのはアップルが改革者でフォロワーはマイクロソフトとグーグルだということである。しかしここで気づくのはマイクロソフトはスマートフォンでは蚊帳の外であり最近の製品もつまらない。アップルをアップルたらしめているのは世界を変える凄いモノを作るんだというマインドで「自らイノベーション出来る会社こそ未来に持続する会社となる」というのはジョブズの哲学であり目標であった。フォロワーはビジネスは出来ても新しい製品を生み出すマインドに欠けるのである。そして「統合アプローチ」と訳された手法、簡単に言えばハードとソフトは一体とする考え方こそデザインの本質のひとつであるとジョブズは信じていた。(そんなに単純なことではないが)
stay hungly stay foolish
とは彼の言葉ではありませんが、このセンテンスが含まれるスタンフォードのスピーチをまさに体現した彼の人生だったでしょうね。・・・・・・統合アプローチ・・・・アートとテクノロジーの交差点・・・デザインをしている人には興味深いと思います。
話題の本として手にとったが伝記を読むと人生についても考えるようになりますね。まだまだ勝負はこれから!と思わせてくれる元気の出る本でした。
投稿者 ishikawa : 12:24 | コメント (0)
2011年06月02日
原子力都市
矢部史郎の「原子力都市」を読んだ。原子力都市とは原発のある都市のことを言っているのではなく、原子力によって象徴される社会のことを言っているらしい。
鉄の時代あるいは工業都市と原子力都市とは、本質的な違いがあるのはなんとなく誰しもわかるだろう。労働力という言葉があるが、鉄の時代には労働はあくまでも肉体の力を象徴していたし、機械も肉体の延長として考えることが出来た。ところが原子力は肉体の延長として考えることは出来ないし、そこで行われる労働とは「管理」が主、力は必要ない。ひとたび事故が起これば制御不能になりかねない危険性を孕み、しかも誰もその現場を直接見ることは出来ないし、まして放射能も目に見えない不可視なものである。
原子力都市に象徴される、不可視、隠蔽、嘘、無関心、などはこの本で取り上げれらる都市や事件の背景として論じられ日本の社会そのものが原子力都市であるというように説明されている。
実はあまりに暗い内容の本で読後どんよりした気分になるのだが、これはおそらく福島の事故を経て、あらためて被爆を目の当たりしても尚かつ日本に数多くある原発のことを思うと、それに対して無関心を装いたくなるような空気感ともいえる。
ひとつの視点としては興味深いし取り上げられている都市やその場所など知らなかったスポットもあったりして今度訪れることがあれば立ち寄ってみようと思う。
投稿者 ishikawa : 19:41 | コメント (0)
2011年04月21日
浅草博徒一代 「LOVE AND THEFT」
相撲の野球賭博も八百長問題など東日本大震災でニュースとして影が薄くなってしまったが、それに関連して読み出したわけではないが、日本のアウトローの世界はなかなか興味深かった。
これはある町医者が自分の患者から聞いた話をまとめた本なのでフィクションではない、その患者の生涯を通してヤクザの世界を知ることが出来る貴重な資料となっている。
昔のヤクザは世間のアウトローとはいえ、これを読むと相当に粋な人種であったことがわかる。なにより根性のない奴には勤まらないし、何よりも分相応なことをわきまえていたようである。それは一般人には決して迷惑をかけないし、そういう女性にも手を出さないいうような、けじめのある社会であったようだ。自分は北野映画か極道の妻シリーズでしかヤクザは知らないが、この本に描かれているヤクザは北野監督が扮する古いタイプの義理人情に厚いヤクザにつながっているように思う。北野監督は浅草のストリップ小屋で前座として漫才をしていた時代に、おそらく古き任侠の世界に触れていたのではないだろうか。この本にも浅草での興業とヤクザの関係が書かれている部分がある。
この本では戦後の混乱期のことも書かれていて面白かったのは、戦争が終わった途端に軍人が手のひらを返したように盗っ人に早変わりして大儲けしたというくだりである。軍には戦争末期になっても、倉庫に多くの物資が集められていて戦争が終わった途端に軍人がその物資を横流しして巨万の富を築いていたというのだ、この本のヤクザもそうした恩恵に預かって大儲けしたと告白している。戦後直ぐの時代はこうした機転の利かせられた日本人皆が盗っ人家業に精を出していたらしいのだ。実話としてはじめて聞かされると生々しい、そして戦後の成り上がりといわれる人物達・・・頭に数人思い浮かぶが、彼らはどさくさにまぎれて巨万の富を築いて昭和の時代に突如として闇から表へと頭角をあらわしたのだろう。闇の歴史もなかなか面白いものである。
ちなみにこの本は英訳されている。ボブディランのアルバム「LOVE AND THEFT」に盗用されていると一時期話題にあったようだが、作者はむしろ光栄に思っているらしい、「LOVE AND THEFT〜愛と泥棒」本の内容にマッチした粋なタイトルかも。ディランのアルバムの中ではお気に入りの一枚でもある。
投稿者 ishikawa : 17:35 | コメント (0)
2011年01月22日
South end of US highway 1: Key West, Florida
表題はアメリカ東河岸の大動脈の道路の起点のことである。そういえば日本の国道1号線も東海岸ですね。
グーグルのストリートビューでも見つけてみた。

このサイトに鮮明な写真が載っている。
South end of US highway 1: Key West, Florida
ことしは息子の受験などもあって年末年始は正月らしくなかった。暮れも30日まで冬期講習があって明けて3日からというスケジュールで自分が受験するわけではないのだが、息子を朝送り出すのが慌ただしく、勉強しに行った息子を思って送り出してからゆっくり寝る気にもなれずじまい。正月の3日から勉強することもないのにと親は思っていたのだが、ことのほか塾が楽しいらしく自発的に行きたいと言うあたり、誰に似たのかと思う。そうこうしているうちに1月も終わりに近づいた今日この頃であるが、そんななか「0マイル」という本に出会った。写真家の父親と小学校2年生の息子のロードムービー・・・ではなくロードノベルで親子がフロリダのホテルやストリートを撮影しながら旅をする小説である。自分も父親とこのあたりを旅した経験を思い出したりしながら少しセンチメンタル気分になった。わが息子も受験が終わったら近いうちに旅に連れ出してやろうなんて思っているが、中学になろうという息子とこの本のような旅が出来るかは・・・・あやしいですな。ちなみに著者はもともと建築を仕事にしていて転身した作家である。
投稿者 ishikawa : 11:23 | コメント (0)
2010年10月20日
近代建築論講義
初夏からいままで今年はばたばたと忙しくてやっと最近一段落をした次第で、やっと少し本を読むことができるようになった。秋になって大学の授業が再開され八王子までの電車で読書できる時間も読書が進んでありがたい。読書の秋ですね。
表題のこの本は鈴木博之氏の大学の最終講義と言うことで氏の長年にわたる研究の大系をつかむことが出来る内容となっている。
地霊(ゲニウスロキ)という言葉は学生の時にはじめて知った言葉でおそらく「東京の地霊」という本から知ったのだと思うのだが、学生の頃コンペや設計課題をする時にはよくその土地の歴史を調べて設計に反映することができないかと考えたものである。こうした姿勢は当時当たり前のように考えていように思うが今になってコルビジェやミースなどの過去の巨匠や現代の建築家などのコンセプトにないこと(コルの晩年はそうでもないが)を確認したりするとこれは氏の影響だったのかも知れないと今になって思うのである。
その他、この本を読んでから数冊氏の本を購入したので、過去の読んだ本とあわせてこの秋に読んでみたいと思っている。「都市へ」はおもしろかったなぁ・・・。
投稿者 ishikawa : 17:14 | コメント (0)
2010年03月06日
虚像の砦
虚像(メディア)の砦 真山 仁著
NHKのドラマ「ハゲタカ」の作者。こちらはテレビ局の裏側を描いた小説だけにドラマ化はあり得ない。
文中の登場人物や事件はフィクションとなっているが、ほとんど現実の事件を想像できるような当て字で書かれていて、それだけでドキュメンタリーを見ているように書かれているのでは。物語は報道とお笑いのディレクターの物語が平行して最後に一本に重なり合う構成で、テレビがどのようなメディアであるかを少しだけ垣間見たように感じた。
個人的にテレビはそろそろダメでしょと思っている。民放の番組なんて見るに堪えないしCMの前後の編集なんて見る人間に苦痛以外の何もでもない。(同じ内容を引っ張りすぎで生で見る気がしない)最近はネットをする時間が増えているそうだが、やはり自分が好きなものを検索して見ることで時間を有効に使えるだけでもテレビは負けている。小手先のまやかしばかりしていないでもう少し気骨のある内容の番組を制作してほしい。でなければユーチューブの画質と速度が向上した時点でテレビはアウトでしょ。
投稿者 ishikawa : 00:24 | コメント (0)
2010年01月14日
フリー <無料>からお金を生み出す新戦略
昨年末からベストセラー。
昨年から購入を迷っていたのですが、アエラの書評でダメを押されてついに購入。
それと本の帯にあるコピー「あなたがどの業界にいようとも<無料>との競争が待っている。」・・・恐ろしいですね。
「日本にはタダほど高いものはない」という格言がありますが、商売も同じで<無料>サービスといえば、その後に大金を支払わされるための前段であると考えてしまいますよね、この本ではこうした<無料>に関する歴史的考察からはじまり、最終的にネット社会によってあらたに可能になった<無料>によってどのようなビジネスが出来うるのか、その戦略はどうあるべきかについて書かれている・・・らしい・・まだ全部は読んでいないので。
「あなたがその業界にいようとも<無料>との競争が待っている。」
ネットコンペなんてまさにそうですね。やられちゃってますね、既に。この本を読んで建築家家業の利益の出し方のヒントになるといいですが。
投稿者 ishikawa : 18:23 | コメント (0)
2009年08月10日
限りなく透明に近いブルー
「限りなく透明に近いブルー」
村上龍
1978年が初版のようなので30年以上前の本である。
村上龍といえば、TVでRYU'S BARという対談番組ではじめて知ったんだろうと記憶している。その後、坂本龍一との対談をした本や「コンロッカーベイビー」など数冊読んだ記憶があるが、処女作であり代表作である「かぎりなく透明に近いブルー」はなぜだか読んだことがなかった。ではいまごろなぜ?といえば、実は「カブリア宮殿」というこれも村上龍のTV番組でデザイナーの川崎和男が出演していたとき、最後に「実は若い頃小説が好きで自らも書いていた時に「限りなく透明に近いブルー」を読んで作家になることを諦めた」と言っていたのをたまたま観て、好奇心をそそられたわけである。
いまでこそこの内容に驚きはないが、30年前はどうだったのかは当時10才だった自分には想像がつかないが、はじめて読んだ感想を言えば面白かった。80年代自分の高校から大学にかけて憧れて観ていたTVや音楽など当時の文化的な匂いというか風を感じることが出来て、78年ということを考えればこの小説がその先駆けであったんだろうということを充分に感じることができた。
投稿者 ishikawa : 18:25 | コメント (0)
2009年07月22日
ゼロ年代の想像力
「ゼロ年代の想像力」宇野常寬
まだ途中だがなかなか挑発的で面白い。
攻撃的で挑発的な内容である。90年代から21世紀の00年代への批評のパラダイムシフトについて書かれている。90年代の「ひきこもり」「エヴァンゲリオン」から00年代は「バトルロワイヤル」「デスノート」へと時代が変化しているという文脈設定からはじまる。00年代はこのシフトに批評家が全く気づかずに90年代を引きづったままの批評家ばかりで、こうした批評家ごとバトルロワイヤルのごとくゲームから退場させようという本である。
90年代は就職をして世間の荒波にもまれ、00年代は事務所の設立、それ意外にも私生活でも様々な変化のあった時期で個人的に余裕がなく、建築の周辺のアートや思想に一番疎い時期で、「バトルロワイヤル」も「デスノート」も観たが単なる娯楽映画としか受け止められなかったが、この本を読んではじめてその背景を知ることが出来た。まだまだ半分も読んでいないが、なかなかエキサイティングな内容である。
投稿者 ishikawa : 13:27 | コメント (0)
2009年06月11日
アイディアのつくり方
古典的名著と言うことで読んでみました。
1時間程度よめるくらい簡潔にアイディアが生まれる原理と方法が書かれています。
個人的メモに近いですがおおよそこんな感じ。
原理
1アイディアとは既存の要素の新しい組み合わせ
2既存の要素を新しい一つの組み合わせに導く才能は、事物の関連性を見つけ出す才能に依存する。事実と事実の関連性を探ろうとする心の習性がアイディア作成には最も大切。
方法
1資料を収集すること
集めなければならないのは特殊資料と一般資料
特殊資料とは製品とそれを売りたいと想定する人についての資料
一般資料、ファインアートからエジプト埋葬習慣まで一般教養すべて
2集めた資料を咀嚼すること
資料にさわって組み合わせを考え抜く、途中で思いついたアイディアを書き留める。そして頭がごちゃごちゃになって何がなんだかわからなくなる。ところまでできたら第2段階完了
3問題を全く放棄すること。いったん問題を無意識に移し眠っている間にそれらが勝手に働くにまかせておく
4アイディアが訪れるにまかせること
5アイディアをそれが実際に力を発揮しなければならない場である現実の過酷な条件とかせちがらさといったものに適応させるために忍耐強く種々たくさんな手を加える必要がある。
著者によればアイディアはこのやり方でほぼ機械的に出来上がるのだそうです、つまり普遍的な方法であると言っています。自分もそう思いました。しかしこの方法でやればいいアイディアが直ぐに出来るかと言えば、ノーです。なぜなら方法1の一般的資料のストック多く無ければ組み合わせが乏しくなるからです。つまり普段からアイディアの種を沢山貯めておくことで、既存の要素の組み合わせが多くなりより良いアイディアに結びついてゆくというわけです。それが出来ればあとはこの方法で泉のようにアイディアが思い浮かんでくる?というわけです。やっぱり99パーセントの努力ということですね。
投稿者 ishikawa : 18:32 | コメント (0)
2009年05月22日
「R25」のつくりかた

「R25」のつくりかた (日経プレミアシリーズ)
藤井 大輔
R25というフリーマガジンをご存じですか?
100万部はけることもあるこのフリーマガジンのことを世代も違うのでほとんど知らなかったですが、あるブログの書評で知り興味を持ちました。その興味とはR25世代といわれる25才~35才くらいまでの世代の本音の部分が実は今の大学生を知る上でもしや役にたつのでは思ったのである。R25とは首都圏300万人といわれるM1世代をターゲットにマーケティングした内容が結構詳しく書かれているのである。
読後の感想としてはほぼ思った通りで、しかも本音の引き出し方や、接し方まで伝授されてしまい勉強になりました。数年来大学で講師をしていて一番苦労していたのは彼らの本音や好きなことを引き出すことで、この部分が引き出せないとなかなか面白いアイディアへ飛べないのである。この飛べない学生が何処へ行くかというと、やる気をなくすか、無難な案(こんな案があるのかわからないが)に収束してしまうのである。そうしたあまりよい方向へ行かない学生達の原因がエスキスを担当している自分のやり方にあるのではないかと常々思っていたのだが、この本を読んでみてその理由が少しわかったような気がした。今の学生達とM1世代とはややズレがあるのだが、時代背景は同じはずで、この本を読んでいてふむふむと思い当たる節は多々あった。
まぁ勤めている大学は建築の学生が多くその全てが建築家を目指しているわけではないので、モチベーションが上がらない学生が多いのはある程度仕方ない部分もあるのだが、そういう学生でも、どうせならもう少し楽しみながら建築設計を考えてもらえたらと思うのである。
投稿者 ishikawa : 10:42 | コメント (0)
2009年05月15日
石油がわかれば世界が読める
少し大袈裟な感じもありますが、環境問題を読み解くには必要な知識と思います。
環境問題というと漠然としていて、マスコミではCO2削減ということばがニュースや新聞でピーチクパーチク・・・・という感じなのですが・・・・そして諸悪の根源は石油使ってCO2が排出されることで、とにかく石油からエネルギーを代替することに単純に結論が導かれていくわけでありますが、では石油は今の世界文明にどれだけ寄与しているのかということをおおまかにでもご存じのジャーナリストがいるかというと、かなり怪しい気がしますね。自戒の念も含めていますが。
それならどうすれば石油について知ることが出来るんだとという事に大雑把に答えてくれるのがこの本というわけです。冒頭は「松茸」の話からはじまるのですが、石油文明になる以前は「松茸」は一般の食卓に普通に食べられていたということがこの本では書かれています。なぜか?それは石油になったおかげで都市近郊では緑の密度が高くなったからであります。それによって松茸が育つ環境が失われたのです。松茸は風通しの良い手入れの行き届いた赤松の森に育つのだそうです。石油によって放置された森には松茸は弱すぎて他の植物に負けてしまうのだそうです。従って緑の密度は一昔前に比較すると都市近郊では確実に密度が高くなっているというのが著者の説明です。(都市近郊の宅地化などもあるので信憑性の程はわかりませんが、松茸が採れなくなったことは事実と思います)また霧の都のロンドンの霧が晴れてしまったのはなぜか?霧になるには石炭を燃やしたすすが大気中に舞っていて大気汚染が深刻であったことと無関係ではありません。賢い人はすでにおわかりと思います。
なぜ人類は石油を使うようになったか、それによる功罪を評価せずに、石油を捨てて薪ストーブを使うことが本当に環境問題の解決になるはずがありません。この本を読むと石油文明からパラダイムシフトすることがいかに困難かがうかがい知れます。1日でさっと読める点でもオススメです。
目次
第1章
石油をめぐる世界の動き(石油と環境の意外な関係石油は環境に良い?地球環境問題は、そう単純ではない ほか)
第2章
石油を上手に大切に使う(これからの自動車は何で走る?自動車燃料にはエネルギー密度が必要まず燃費の改善 ほか)
第3章
石油文明は終わらない(古くて新しい石油とのかかわり人類の歴史のほとんどは真っ暗闇?
チャーチルの英断―海軍の燃料を石炭から石油へ ほか)
投稿者 ishikawa : 11:07 | コメント (0)
2009年04月24日
「日本の住宅」という実験

「日本の住宅」という実験—風土をデザインした藤井厚二 (百の知恵双書)
小泉 和子
聴竹居にいたるまでの藤井厚二の実験住宅の軌跡を追うことが出来る本。
いまでこそエコ住宅や環境に優しい家などと言われるようになってきたが、藤井の実験は住宅は戦前の研究である。環境工学という学問も無かった時代に快適な住まいの環境とは?という問いをたて、科学的に研究を行った日本で初めての研究者という位置づけになるのだ思います。驚きなのは第1回実験住宅から第5回の聴竹居に至まで全て自邸であったことである。その間11年である。金持ちであったということである。
この本には藤井の懐事情や生い立ち、そしてなぜ「日本の住宅」なのかという時代背景が丁寧に調査され書かれている点が好感が持てる。
環境住宅について興味を持ってこの本を購入したが、技術的なことは現代に良く知られていることばかりで特段特殊なことはない。最近注目されていることを70年も前に実験していたということが藤井建築の価値の高さなのだろう。
また「日本」というくくりのなかで、藤井のデザインした家具やインテリアは西洋建築の真似事一辺倒だった当時に批評性をもっていて興味深いのであるが、今となってはそれも歴史の一部に過ぎないと感じる。
個人的には今日的意義は見いだせなかったが、歴史を知る上ではいい本であったと思う。
目次
第1章 日本の住宅をめざして(藤井厚二の生涯
時代背景
藤井はなぜ忘れられたのか
実験住宅)
第2章 日本の風土に適合した住宅(夏が厳しい日本の気候
環境共生住宅をどうつくるか
聴竹居に見る環境共生住宅
その他の住宅に見る環境共生手法
藤井の環境共生手法その後)
第3章 畳と椅子の融合(家族本位の合理的な平面
イス座とユカ座の融合
造りつけ家具
独立家具)
第4章 和風材料による内装(和風デザインの尊重
和風材料による内装
照明器具と天井でっザイン
藤井厚ニの今日的意義)
投稿者 ishikawa : 12:29 | コメント (0)
2008年10月20日
建築家は住宅で何を考えているのか

建築家は住宅で何を考えているのか (PHP新書 545) (PHP新書 545) (PHP新書 545)
難波 和彦,山代 悟
本のタイトルからして大袈裟な印象のする本なのですが、建築の専門書を主に扱っている彰国社からだと、本当に堅いタイトルだと思うのですが、PHPからだとそれも少しライトな印象に感じます。
「家族像とプランニング」「ライフスタイル」「集住/かたち」「街/風景」
「工業化と商品化」「リノベーションの可能性」「エコロジカルな住宅」「素材/構法」
「ちいさな家」「住みつづける家」
本の章立ては以上の10のテーマからなり、各章にそのテーマを代表する住宅カラー写真とと平面図で紹介されていて、とてもわかりやすく分類されていいます。内容は難しいものではなく、そのテーマの入り口だけの紹介という感じで、建築の勉強をはじめたばかりの学生や建築に興味のある一般の人向けの入門書という感じの本です。ということで早速、非常勤で受け持っている学生達に住宅課題の参考にとオススメしてきました。
またこれから自分の家を持とうと考えている一般の方がこの本と出会うことで、おそらく意外な世界がそこに展開されいたことに気づいてもらえ、住宅を通して自分の生活をさらに豊かにすることができるのではないかと思います。 読書の秋ですから。
投稿者 ishikawa : 10:17 | コメント (0)
2008年10月16日
医者、用水路を拓く—アフガンの大地から世界の虚構に挑む

医者、用水路を拓く—アフガンの大地から世界の虚構に挑む
中村 哲
アフガニスタンの現実を日本人はどれほど知っているだろうか、私自身もこの本を読む前はアメリカのテロとの戦いに不信感を抱きつつも、何も知らなかった。
きっかけは、ニュースでペシャワール会の現地ワーカーである伊藤和也さんの死を知ったことにはじまります。
この本を手にして、アフガニスタンの現実とサブタイトルにもある「世界の虚構」について改めて深く考えさせられました。アフガンで今おこっていることは、グローバル経済というアメリカ人に都合良くつくられた虚構とそれに無縁な現実社会で働く労働者、あるいは失業者の縮図なんだと痛感しました。アメリカの軍事力、金融工学はグローバルスタンダードという偽善と虚構がアフガニスタンにまで及び世界の隅々から富の上澄みをかすみとり弱者をつくりだした、そしてその上澄みはアメリカ人の住宅や自動車、車、娯楽費用へと姿を変え、挙げ句の果てにその浪費の果てにふくらんだ借金のツケを世界中の労働者の税金である公的資金で穴埋めさせるという事態に及んでいる。
一方でペシャワール会がアフガニスタンの大旱魃と地球温暖化のために陥った飢餓を救うために用水路にかかった費用は戦費の一兆ドルに比較すれば、ほんの数億円のお金と会と現地の労働力であります、しかもアメリカのテロとの戦いによる空爆の危険や名ばかりの西側諸国の現地の状況を無視した援助活動という逆風のなかで活動しています。そしてタイトルにもあるように医者である著者が独学して現地に相応しいやり方を手探りで模索しながら用水路を建設していく様子は超人的で感銘を受けずにはいられませんでした。
そして日本人にも亡くなられた伊藤和也さんやペシャワール会のような人達がいることを同じ日本人として誇りに思いました。あらためて伊藤和也さんのご冥福をお祈りいたします。
アフガニスタンに少しでも興味のある方、株式投資している方、政治家の方、全ての日本人、世界中の全ての人々にこの本を読むことを強く薦めたいと思います。
投稿者 ishikawa : 00:25 | コメント (0)
2008年01月11日
江夏の21球

スローカーブを、もう一球 (角川文庫 (5962))
山際 淳司
山際淳司—スポーツ・ノンフィクション傑作集成
山際 淳司
野球少年の頃を思い出して冬休みにこんな本を読んでいました。デザインとは関係ありませんが・・・。
このほかに「ナックルボールを風にのせて」って本もあったかと。スポーツの記録は数字として残されるが、その裏には人間くさいドラマがあって山際淳司の本はそうしたスポーツに関わる人のドラマを丁寧に紐をといて教えてくれます。もう少し長生きして書き続けて欲しかったですね。
スポーツには人の奥底にある熱いものを呼び起こす力があると思うのですが、山際淳司の本を読むとそういった興奮をかき立てられます。面白かった。
投稿者 ishikawa : 09:00 | コメント (0)
2007年10月06日
「お墓」の誕生—死者祭祀の民俗誌

「お墓」の誕生—死者祭祀の民俗誌 (岩波新書)
岩田 重則
お墓のデザインを考える機会があって、少しでも知識をと思い購入した本。余談であるが、死に関わる「墓」と「誕生」という矛盾する言葉が本のタイトルとして面白い、サブタイトルが本の内容をあらわしているがあまりに堅いと言うことだろう。
やはり知らないことだらけで、大変参考になった。この本をあしがかりに興味ある部分へと深く入っていくことができそうである。ちなみに現在よく知られているお墓は「カロウト式石塔」と言うらしい。
第1章 お盆の儀礼から何が見えるか(「迎え火」「送り火」の一般的常識
盆棚は先祖を祀るのか)
第2章 葬送儀礼と墓(葬送儀礼における霊魂
埋葬と石塔建立のあいだ)
第3章 「お墓」の誕生(画一化していく墓
共同幻想としての「お墓」)
第4章 夭折者の墓と「お墓」(子供の墓
戦死者と「お墓」)
投稿者 ishikawa : 08:19 | コメント (0)
2007年09月28日
建築紛争—行政・司法の崩壊現場

建築紛争—行政・司法の崩壊現場 (岩波新書)
五十嵐 敬喜,小川 明雄
本のタイトルは「建築紛争」であるが耐震偽装に端を発した建築行政及び司法のずさんな現場を報告している。建築設計に携わるわたしから見て違和感なく真実を伝えているように思う。
第1章 日本が危ない—耐震強度偽装問題の構図
第2章 数の偽装—住宅地にそびえ立つ高層マンション
第3章 「官から民へ」の落とし穴—建築法制の崩壊
第4章 プレーヤーたち—政官財、マスメディア、そして米国
第5章 裁かれる裁判官—「良心」を忘れた司法
第6章 美しいまちへ—問われる市民
同じ著者の「都市計画—利権の構図を超えて」以前に呼んだことがあるが、合わせて呼んでいただくと、日本の都市が政治家や財界によって食い物にされている構図が未だに続いている現状がよくわかる。かつて石原慎太郎が東京の景観はゲロのようだと建築家の集まりで発言したが、それは天に向かってつばを吐くような発言で、政治に責任の一端というよりほとんどがあることは明白である。
それにしても、基準法違反を訴えてもほとんど勝ち目のなく、建設してしまえば経済的損失を理由に撤去されない現実を知ることは本当に憤りを感じる。日本の裁判の現実に本当に失望させられる事実を知って少しショックであった。

都市計画—利権の構図を超えて (岩波新書)
五十嵐 敬喜,小川 明雄
投稿者 ishikawa : 02:03 | コメント (0)
2007年09月10日
不動産は値下がりする!—「見極める目」が求められる時代

不動産は値下がりする!—「見極める目」が求められる時代 (中公新書ラクレ 252)
江副 浩正
やや過激なタイトルですが、不動産からみた日本経済の先行きについて書かれています。
著者はリクルートを創業した江副 浩正氏によるものでリクルートコスモス、現在はコスモスイニシアの会長でもありました。本書はそうした江副氏のこれまでの豊富な経験と知識から都市問題、税制の問題などについて広範囲のトピックスを取り上げて、書かれており現在の不動産バブルの状況に警笛を鳴らしている。
不動産バブルはご存じの通りREIT(Real Estate Invesment Trust=不動産投資信託)によって牽引されてきたのわけですが、それは日銀の低金利政策と規制緩和によってもたらされた不動産ファンドであるわけです。本書の結論から言うと金利上昇に伴ってそのREITが破綻しバブルが崩壊するということです。その仕組みがわかりやすく解説されています。
不動産の問題は都市と建築の問題であるので本のタイトルと著者に興味をもって本書を購入したのですが、失礼かもしれませんが江副氏が東京や日本の都市開発についてこれほど詳しいとは少し驚きでした。豊富な経験と知識に触れることが少しでもできて大変勉強になった次第であります。
目次
第1章 変貌する大都市
第2章 埋め立てや規制緩和で土地は「生産」されている
第3章 都心一極集中まだ床が増産され続ける
第4章 都心周辺や郊外部でも土地の生産が続く
第5章 インフラ整備に伴う供給の増加
第6章 金利の上昇は地価の下落に直結する
第7章 近く金利は上昇し、不動産価格は下落する
第8章 不動産バブル問題
投稿者 ishikawa : 16:08 | コメント (0)
2007年05月24日
環境問題についての2冊

環境危機をあおってはいけない 地球環境のホントの実態
ビョルン・ロンボルグ

環境問題はなぜウソがまかり通るのか
武田 邦彦
環境問題について考えさせられたこの2冊について。
地球温暖化によってなぜ水位が上昇するか?それを科学的に説明できる人がいるだろうか?ちなみに近年、北極の温度は上昇しているが、南極の平均気温は下がっている。
自省をこめて言うが、マスコミによる環境問題のすり込みは洗脳に近い。テレビから流れる北極の氷山が崩れ落ちる映像やハリケーンの衛星写真など脳裏にすぐに浮かぶわたしの脳みそも相当に洗脳が進んでいた。この2冊を100%信じるわけではないがマスコミのウソには最近うんざりしていた矢先であったし、先日紹介した「環境リスク学」からもマスコミのウソは指摘されるところであった、いかに自分がテレビや新聞から悪影響を受けていたか痛感した。
・京都議定書、ティームマイナス6%を推進する政府も企業も信用しない。
・ペットボトルのリサイクル、行政いよる紙のリサイクルにも協力したくない。
・ドイツがリサイクル大国だから環境立国というのは幻想である。
・紙のリサイクルによって森林は守れないし、税金を使って集めた紙を安く入手しているのは製紙業界なのである。
環境問題に対して何をすべきかについてマスコミや政府を盲信して思考停止に陥ることをやめ自ら思考しなければならない、なぜなら政府は環境問題をうたって新たな利権構造を作り我々の税金の一部を企業の利益の為に使い環境を悪化させる政策を推し進めているのである。
さてひるがえって、建築設計には何が可能か?
F森教授風に言えば、この業界は受信力はあっても発信力に関してはほとんど無力というほかない。暫く真剣に考えるテーマと思う。
投稿者 ishikawa : 22:21 | コメント (0)
2007年05月23日
「A」

「A」—マスコミが報道しなかったオウムの素顔
森 達也
「A」のDVDを借りて見たかったのだけれどなかなかツタヤディスカスで借りられないので本から読んでみた。
もはや忘れ去られようとしている地下鉄サリン事件であるが、個人的には非常によく記憶している。事件当時、中野弥生町に住んでいて、通勤には中野富士見町の駅を利用していた。事件の朝はサリンの被害にあった患者が中野坂上あたりで病院に運び込まれたか何かで丸ノ内線も大幅にダイヤが乱れていた、しかしその朝何が起こったかはわからなかった。余談だが会社に行き、たしか10時から三菱地所の土木部の人と幕張のベイタウンの景観道路の打ち合わせだったのだが、時間通りに新宿のオフィスにタクシーで来たのでさすがだなぁと感心したこと。前日の夜は日曜で「フォレストガンプ」を新宿で観たことなどもよく覚えている
・・・・かなり余談だが
その後のマスコミ報道は麻原が東京拘置所に護送される報道を頂点としてヒーローものの映画でも見ているかのごとくついに極悪人を捕まえたといわんばかりの演出とエネルギーだったことを記憶している。全国民が正義の名のもとに、テレビ、新聞などのマスコミを通じて涙と感動の警察、公安対オウムという構図のドラマを頭にすりこまれたのではないだろうか?その時にただひとり反対側でオウムの内側からカメラを構えていたのが、この本の著者であり「A」というドキュメンタリー映画の監督である森達也である。
以下アマゾンからの引用
内容(「BOOK」データベースより)
—オウムの中から見ると、外の世界はどう映るのだろう?一九九五年。熱狂的なオウム報道に感じる欠落感の由来を求めて、森達也はオウム真理教のドキュメンタリーを撮り始める。オウムと世間という二つの乖離した社会の狭間であがく広報担当の荒木浩。彼をピンホールとして照射した世界は、かつて見たことのない、生々しい敵意と偏見を剥き出しにしていた—!メディアが流す現実感のない二次情報、正義感の麻痺、蔓延する世論を鋭く批判した問題作!ベルリン映画祭、山形国際ドキュメンタリー映画祭をはじめ、香港、カナダと各国映画祭で絶賛された「A」のすべてを描く。
出版社 角川書店, 2003/07/30
僕らはあの事件からまだ何も学べていない。
——オウム真理教の中から見たとき、外の世界はどう見えるのだろう? 一九九六年。熱狂的なオウム(現アーレフ)報道に感じる欠落感の由来を求めて、森達也はオウム真理教のドキュメンタリーを撮り始める。
オウムと世間という二つの乖離した社会の狭間であがく広報担当の荒木浩。彼をピンホールとして照射した世界は、かつて見たことのない、生々しい敵意と偏見を剥き出しにしていた——!
メディアが流す現実感のない二次情報、正義感の麻痺、蔓延するルサンチマン世論を鋭く批判した問題作!
ベルリン映画祭、山形国際ドキュメンタリー映画祭をはじめ、釜山、香港、バンクーバーと各国映画祭で絶賛された「A」のすべてを描く。
投稿者 ishikawa : 08:11 | コメント (0)
2007年05月09日
環境リスク学—不安の海の羅針盤

環境リスク学—不安の海の羅針盤
中西 準子
環境問題を煽る報道に嫌気を感じる人は多いはずである。ではそうすればその報道が真実か嘘か見抜くことができるのだろうか?
建築業界では最近、シックハウスや耐震偽装のリスクによって建築基準法が改正されているがそのリスクに対してその政策は本当に正しい政策であるのか評価がされたのだろうか?もっと効率的な方法があるのではないかということについて政府では検討すべきではないだろうかと考えさせられた。
なぜなら誰か年間の確認申請数のうち耐震偽装された件数の確率がどれほどの数字かご存じだろうか?ニュースでは聞いたことがない!・・・個人的な感覚で申し訳ないがおそらく0.1%未満だろうと推察する、今回基準法の改正は違反の可能性がない設計者に対して過剰な労働を強いるものであり失われる社会的コストははかり知れないはずである。その失われるコストを被害者に分配する制度を設ける方がもしかしたら効率的かもしれないのである。あるいは他にも方法があるかも知れない。「環境リスク学—不安の海の羅針盤」この本はそういう政策判断に必要な比較指標を作りリスクに対する的確な評価と判断をすることの必要性を教えてくれる。
著者からのコメント 以下アマゾンからの引用です
「 表題は「環境リスク学」で「学」という文字が入って」いますが、どちらかと言えば寝ころんで読める読み物です。「不安の海の羅針盤」という本の副題は、我ながらとても気に入っています。環境問題や安全問題で、どうしたらいいか、皆が不安に思えることについて、どの程度心配すべきかを判断し、それを基に行くべき道を探すことの助けになるものがリスク学だと思っています。 リスク評価の算出方法など、数学的なやや難しいことをこれまで書いてきましたが、この本では、むしろリスク評価というものの内面的なもの、私のこころの部分を書きました。
1章は、今年の3月に行われた最終講義です。講義の内容にほとんど手を加えず、ほぼそのままのかたちで収録しました。この講義草稿を準備する過程で、私にとって「ファクト(事実)」が如何に重要であったか、そして、それは、自分の生い立ち(父が共産党の思想闘争の中で敗れていく過程で育っていった)と深く関係していることを自覚しました。
しかし、リスク評価は未来予測ですから、いつまでもファクトに拘っていられないのです。そこをどうするか?これは私にとっての大きな課題です。ただ、これは私にとっての課題というだけではありません。実は、科学的方法論とか、合意のための方法論、ひいては国の政策や国際的な政策に関係する大きな、現代的な課題なのです。自分のリスク研究を辿る過程で、私は、今の科学や政治が抱える問題の構造をかなり理解できたように思いました。
また、この本の中で、リスク評価をする中での「悩み」と「迷い」について述べました。これは、2章のインタビューに対する答えの中で述べました。2章には、私がリスク評価を研究する過程で経験した小さな、私にとっては重要なエピソードがいっぱいでてきます。例えば、米国のベトナム退役軍人の裁判の話、佐藤オリエが出ていた映画「若者たち」の話、米国Oregon州での障害者差別論争など、私のリスク観形成過程の風景の記述と言っていいかもしれません。 3~5章は、様々なリスクについて、その時々私の書いたものです。環境ホルモン、狂牛病、ラドン、アフラトキシン、騒音、貧困、魚、電磁波、サルモネラ菌などです。
最後に、リスクとリスク不安について述べました。「不安」は人間にとって、危険を避けるために備わった才能だと思っています。しかし、これが過大になると、実態のない不安のために多大な資源を使うことになります。不安との上手なつきあい方、それが、リスク評価だと思っています。 」
投稿者 ishikawa : 15:57 | コメント (0)
2007年03月12日
水源—The Fountainhead

水源—The Fountainhead
アイン・ランド
出版社/著者からの内容紹介
グリーンスパンFRB議長が、若き日に心酔し、信奉した偉大な女性思想家であるアイン・ランド。ランドが創設したアメリカ保守思想の一つの大きな流れ「リバータリアニズム」の考え方を具体的に描き出した小説が本書『水源』である。1943年の発表以来、現在もアメリカで読み継がれ累計500万部を超す大ロングセラーの本邦初訳。
内容(「BOOK」データベースより)
ハワード・ロークという建築家のサクセス・ストーリーでもあり、ロークとドミニクという、とてつもなく硬派で風変わりな恋人たちの物語でもあり、ロークを中心としたワイナンドやマロリーやマイクやキーティングや、そしてトゥーイーをもめぐるホモソーシャルな男同士の絆と愛憎を描く一種のゲイ・ストーリーでもある。しかし何よりも、この小説は政治思想小説である。
昨年の暮れにアエラに紹介されていて知った本。正月に読もうと思って暮れに本屋やアマゾンで探したが手に入らずでした。1月末になってアマゾンで在庫有りになったところで早速購入ししました・・・ところが届いた本は第1刷でした・・・。(余談ですが)ちなみにかつて「摩天楼」という映画にもなっています。
2段書き1030ページという長い小説を読み終えたばかりです。この小説に登場する建築家たちが直面する様々な問題や状況はわたしが15年あまり建築設計をして直面した問題と同質でありました。小説の主人公がとった行動は信じられないほど馬鹿げていていましたがそれは示唆に富み力強くもありました。
主人公が建築家ということでそうしても自分の問題と置き換えて考えてしまうのですが、特に独立してから非常に苦しんでいた問題にハッキリとした答えを与えてくれました。自分が建築する意志というか動機について考え違いをしていたことに気づかせてくれました。そしてそれは自分が学生の頃に抱いていた意志こそ大切なものであったことを気づかせてくれました。自分が社会に出てから受容してしてしまった悪い変化は自分の弱さが一番の原因であったように思います。(かなり自己嫌悪な気分になっています)
失われた時間は取り戻せはしないが、まだこの職業を20年以上やることを思えば、いい本と出会えたことに感謝せねばなるまい。
そしてこのさきもっとマシな建築が創造できるように
誰も為でもなく自分のために
あたりまえだけど
投稿者 ishikawa : 21:05 | コメント (0)
2006年11月22日
「インフォーマル」セシル バルモンド

インフォーマル
金田 充弘,セシル バルモンド
「インフォーマル」は以前に一度紹介したことがありましたが、あらためて読んでとてもエキサイティングな本であった。
現在、伊東豊雄「新しいリアル」展が開催されており、セシル・バルモンドも伊東豊雄の台中のオペラハウスなどで協働していることもあって、あらためて「インフォーマル」を思い出し読み返してみた。
はじめて読んだときには、一つの考え方としてそれがどういう可能性を備えているのかハッキリ言ってよくわからなかったのだが、伊東豊雄展で試みられている「エマージンググリッド」と呼ばれる手法そのものが「インフォーマル」で「新しいリアル」展で伊東豊雄が目指している方向性こそ「インフォーマル」の可能性そのものではないかとリンクした瞬間に可能性に満ちたエキサイティングな概念に思えてきた。そして本書で紹介されているプロジェクトや概念が急激に一つの有効な未来に接続しているように感じてしまった。近代主義を超える一つの哲学として「インフォーマル」はますます輝きを増していくに違いない。
投稿者 ishikawa : 21:55 | コメント (0)
2006年11月13日
住宅は建築か〜「住宅の射程」

住宅の射程
ギャラリー間,磯崎 新,藤森 照信,安藤 忠雄,伊東 豊雄
この本の第1章「住宅は建築か」を読んで葛藤を覚える人は多いのではないだろうか?
そういう自分もその一人であって、いつも現実と理想の間で悩まされるからである。世の中にある住宅を設計している設計者のほとんどは、住人のライフスタイルをスタイリッシュにトレースしただけの住宅建築を設計しているだけであって、それが果たして建築家と言えるのだろうか?否であるという主張。(そんなに単純ではないが)
この本で取り上げられている問題は学生の頃に出会った、八田利也の「小住宅万歳」を巡る建築家同士のエキサイティングな批評のやりとりから継続しており、なによりその著者のひとりからも直接そのいきさつについてご教授いただいたこともある。
独立して振り返ると、こうした知識と無関係に住宅の設計に携わっている自分に違和感を覚えながら今に至っている。
自分ももう少しやせ我慢して「住宅は芸術である」という故篠原一男氏をはじめ、その影響を受けたかつての「野武士」たちのように建築の射程として住宅を思考しなければ、と初心は何であったかと自らに問いかける1冊であった。
投稿者 ishikawa : 09:07 | コメント (0)
2006年09月09日
再考 土浦亀城 9607
現在建築古書.comでアップしたものです。研究者向きな本という感じもするが、改めて内容を読んでみるとなかなか面白い。
下の写真は土浦邸つまり自邸です。建築家の槇文彦氏が若き頃ここを訪れ、モダニズムのエッセンスを感じたという住宅です。ライトに師事していますが、遠藤新氏のような影響は感じません。軽さと透明感のある空間です。
強羅ホテル、写真を見ると改修されているのでネットで探してみたのですが、見つかりませんでした。
10年前の特集ですが、氏が活躍した1930年代の乾式工法に関するテキストや「新住宅建築の問題」というテキストは当時の建築状況を知る上で興味深い。
意図されてた編集なのか不明であるが、土浦市の木造乾式工法とはテキストの中では鉄骨の乾式工法へのステップと位置づけられており、乾式工法模索の理由として当時のコンクリート造への不信感があったことが綴られているが、このSDの第2特集はスタジオ建築計画(元倉真琴氏)の今は解体されてしまったHOYAというRC造の乾式工法による工業化住宅の試みの特集である。本の編集自体は両者の乾式工法の関連について何も触れていないが、読者にとっては約半世紀の時を経て、両建築家の社会に対する眼差しに普遍的なテーマが受け継がれていることが感じられて興味深い。
投稿者 ishikawa : 11:35 | コメント (0)
2006年08月11日
建築古書.com
建築古書.comをオープンしました。
我が事務所は結構な蔵書があります。新建築、建築文化、SDの30年分蔵書、そのほか新建築の住宅特集、プロセスアーキテクチャー、GA等々です。実はもらい受けたものがほとんどなのです。事務所を立ち上げたときにアトリエの奥にスライド式の本棚を3セット購入し整理したのですが、すでにほとんど空きがなくなりました。そこで学生時代から自分で購入した本や結婚前に妻が持っていた本など2冊あるいは3冊同じ本があるものを1冊だけ残して販売することにしました。一挙に南洋堂か明倫館などに持って行くことも考えましたが、試しにサイトで地道に販売することにしてみることにしました。1冊につき表紙と内容の画像を少しずつアップする予定です。
じつは下書きはほぼ終えていています、全体をよく見るとなかなか値打ちありそうなものも少なくありません。特に90年代中頃の建築文化は充実していました。建築文化は廃刊になりましたが、20世紀のパリや世界の都市プロジェクトを特集した号など資料的価値が高いと感じています。各巻の価値については値踏みに反映されていますのでサイトをご覧ください。
このエントリーの画像がわかった人いますか?筑波センタービルのドローイングです。サイトではまだエントリーしていませんが、一番高い値段を付けようと思っている本の一部です。
投稿者 ishikawa : 16:15 | コメント (0)
2006年07月07日
土地の文明

土地の文明 地形とデータで日本の都市の謎を解く
竹村 公太郎
著者の文明論へのアプローチは理系的であり、文系の人々が考えるアプローチとは、ひと味違っていて面白しろかった。
地形やインフラデータの分析よって下記の目次にあるようなことが説得力を持って説明されており、いままで歴史的に不明であった部分も次々と謎解きがなされていく様子はエキサイティングであった。この本をネタに日本のダヴィンチコードが書かれてもおもしろそうである。
目次
東京 徳川幕府百年の復讐(検証・皇居の正門は半蔵門
赤穂浪士の討ち入りはなぜ成功したか
三河・矢作川の水争い)
北海道 二千年遅れた「弥生時代」の到来—自由の大地が日本を救う
鎌倉 なぜ頼朝は鎌倉に幕府を開いたか—権力が権威と分かれた時
新潟 田植えは胸まで浸かるもの—幻の映像を求めて
京都・滋賀 都市繁栄の絶対条件—人々が行き交うために
奈良 千年の眠り—証明・交流軸と都市の盛衰
大阪(「五・十日」渋滞の謎を解く—商売の原点大阪
皮膚感覚の街—都市の原点大阪)
神戸 都市の再開発が人々を救う—阪神淡路大震災の忘れ得ぬ遺産
広島 最後の狩猟民族—日本人のアイデンティティはこうして形成された
福岡 漂流する人々の終の列島—異常な巨大都市の誕生
特別編・遷都 首都移転が避けられない時—やらざるを得なかった二つの遷都
特別編・ソウル 目撃、文明の変換—清渓川の復元
投稿者 ishikawa : 01:15 | コメント (0)
2006年05月22日
作曲家・武満徹との日々を語る

作曲家・武満徹との日々を語る
武満 浅香, 武満徹全集編集長
今年は作曲家武満徹の没10年である、「Visions in time」展も開催中である。
でも
なによりこの本が武満徹という人物を一番良く伝えている思う。
「音楽への愛と生活への愛をひとつに、のびのびと生きた彼の日々がよみがえる。音楽史のひとこまであるとともに、これはある幸せな夫婦の物語である。」谷川俊太郎
という帯がついていた。
こういう人生っていいなぁと思える一冊であった。戦後の貧しい時や結核との闘病など辛さもあっただろうが、ただひたむきに音楽と向き合って生きた氏とそれを支えた婦人を本当に羨ましく思う。
投稿者 ishikawa : 21:49 | コメント (0)
2005年11月02日
インフォーマル

インフォーマル
セシル バルモンド, Cecil Balmond, 山形 浩生, 金田 充弘
セシル バルモンドはアラップのエンジニアである。コールハースやリベスキンドなど構造設計を手がけている。(ちなみに建築の設計とは通常、「意匠」「構造」「設備」の設計者の協同作業である。木造住宅程度であれば「意匠」設計者のみで行われる事が多い。)
建築の構造というと合理的で安定していることが見た目にも求められる、と考えがちであるが「インフォーマル」とはそうした「フォーマル」な発想とは違う考えである。それは現代社会が要請する建築の形として「流動的」「あいまい」「スピード」など、より不安定な状態を建築の形に表現するための構造として発想される。
巻頭の伊藤豊雄氏の次のような言葉が象徴している。
「セシル・バルモンド」という思想家=構造家の出現によって、初めて動的空間には生きた構成概念が与えられた。「インフォーマル」、それはル・コルビュジェの「建築をめざして」にとって代わり得る近代建築を超える建築のマニフェストである。」
建築はパラダイム・シフトしたのである。
投稿者 ishikawa : 06:51 | コメント (0)
2005年10月25日
WHAT IS OMA—レム・コールハースとOMAについての考察

WHAT IS OMA—レム・コールハースとOMAについての考察
ヴェロニク パテヴ, 橋本 啓子
コールハースについて日本語で読めるまとまった本はこれがはじめてで、様々なジャンルから寄せられていて興味深い内容となっている。
わたしが学生の頃(90年はじめ)は、a+uでしか紹介されていなかったが、その時からその雑誌は売り切れで、大学で見ることも、ままならないほどの人気であった。当時、ダンスシアターやパリの国立図書館の案などをみて少なからずショックを受けたことを覚えている。
個人的には作品自体の情報は雑誌を通して入ってくるが、ではそれが社会的にどういう評価で受け取られているかは海外の作品ということもあって、わかりにくい建築家であった。
そうした個人的な疑問を知ることが出来た一冊である。
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目次
序文
第1部
軌跡(Orbit)
レム・コールハース:モダニズムの氷山の内部にあるマンハッタンの炎——アーロン・ベツキー
多少の組み立てが必要です(ダイジェスト)——マイケル・ソーキン
ハンディキャップというアイデンティティ——H・J・A・ホフラント
プランとディテール:建築と都市の哲学(ダイジェスト)——ジャン・アタリ
やろうと思えば何でもできる——イアン・ブルマ
第2部
方法(Method)
C<AMO>UFLAGE:カムフラージュされたAMO——ニール・リッチ
不気味な建築(ダイジェスト)——アンソニー・ヴィドラー
モダニティの終焉:レム・コールハースによるエントロピーの言説——オクウィ・エンヴェゾー
未来都市(ダイジェスト)——フレドリック・ジェイムソン
Kの物語——マシュー・スタドラー
閾の世界、近代の経験と都市の公共性(ダイジェスト)——ルネ・ボームケンス
第3部
領域(Area)
レム・コールハースの生き残りの倫理:OMAの最初の住宅——バルト・フェルスハフェル
OMAのベルリン:都市における論駁の島(ダイジェスト)——フリッツ・ノイマイヤー
AMOの使用手引き——ブルース・スターリング
公開(ダイジェスト)——サラ・ホワイティング
レム・コールハース略歴
プロジェクト歴
執筆者紹介
あとがき
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投稿者 ishikawa : 13:12 | コメント (0)
2005年10月21日
劇場の構図

劇場の構図
清水 裕之
1985年発行のこの本を最近あらためて読んだ。
あらためて読んでみると、以前読んだ記憶が殆どよみがえってこないので、ほとんどはじめて読んだのと同じである。
この本で面白いと思ったのは
芸能空間と観客との関係を「視軸」によって図式化することで、さまざま芸能の形式を分析していて、わかりやすく、その捉え方を基本として歴史的な劇場の発展についてもある程度理解できる点である。入門書としては最適な一冊なのではないだろうか。
さて発行をみると20年の時を経ているので、その後、劇場がどのような発展をしたのかについても追ってみる作業が必要で最新の劇場の傾向についても調べてみよう・・・・なにかいいナビゲートがあれば、コメント下さい。
目次
第一章 芸能空間論序説
1 はじめに
2 観ること、観られること
3 芸能空間の基本形
4 視軸
5 芸能空間の異化と同化
6 芸能空間の複合型
7 二重の正面性
8 二重の正面性の同化
9 横から観ること、或いは視軸の三角形
10 観客の意識による芸能空間の変容
第二章
1 ギリシャ劇場とローマ劇場
2 聖史劇の宇宙
3 ルネサンス
4 バロック劇場の成立と解体
5 近代プロセニアムステージの完成とオープンステージの挑戦
6 近代劇場の解体と重複的劇場空間の芽生え
投稿者 ishikawa : 09:44 | コメント (0)
2005年08月27日
「潜在自然植生」と「宮脇昭」

この人この世界
「潜在自然植生」と「宮脇昭」をご存じだろうか、テレビでも度々紹介されており日本中で植樹祭をしているのでご存じの方も多いのではないだろうか?
写真はNHKで最近放送された「知るを楽しむ」の6月7月放送のテキストである。わたしは宮脇昭とうう名をはじめて聞いたのは、石川県の加賀市の仕事に携わった際に、市の職員から加賀市の植生を調べた資料をいただいた時であった。2年以上前である。
「潜在自然植生」とはその土地本来の植生のことで、宮脇氏の調査によれば国土の0.06%しか残っていない。もともと日本では常緑の広葉樹林で、タブノキ、シロダモ、ヤブツバキ、マサキなどが自生していた。また海抜800Mから1600Mくらいまでの山地や北海道の黒松内低地から南では落葉広葉樹のブナが主木であであったらしい。
わたしもたまに地方の列車にゆられていると、針葉樹林が植えられた山地を見かけるがそれは殆ど林業のための売れる木、杉、檜、などを植林が多く、日本の自然風景と思っていたがとんだ勘違いであった。神社などにある鎮守の森のタブやスダジイこそ日本の森の風景なのであった。(詳しくは本を読んでいただいた方が良いと思う。)
最近の環境問題に触れて少しだけ感じ入った点いくつか
まず「潜在自然植生」の森は災害に強いと言うことである、それは根が垂直に下に深く伸びる性質であるため、土砂崩れしない、また火災においては水分を多く含むこの種類の木は火事に強いということである。「関東大震災」でも火事による被害は甚大であったらしいが、昔からの鎮守の森など「潜在自然植生」のある場所に逃げ込んだ人はことごとく助かったらしい。しかしその研究が震災後なされたにもかかわらず、阪神大震災では活かされず、東京の都市計画にも活かされていいないと宮脇氏は指摘している。
もう一点は昨年からクマの出没のニュースが賑わしたが、杉や檜などの針葉樹林では森の動物の食べ物がないのである。広葉樹が落とすドングリは森の生き物の貴重な植物なのである。しかも外国産の木に押されて売れない針葉樹林はメンテナンスも大変であるが「潜在自然植生」の森はメンテナンスが必要ない。そしてなによりもともと日本に多くなかった杉の大量な植樹が杉花粉アレルギーをおこしているのではの指摘もしている。(こう聞くとわたしの中ではもう杉の森は公害をだす工場とさほど変わらない印象になってしまった。)わたしは森の専門家ではないが宮脇氏の指摘には大いに納得できるように思う。
この本を通じて、森や地球環境のことをすこし考えさせられるのだが、しかしながら一番感じ入ったのは実は「宮脇昭」という人物にである。とにかくもの凄いエネルギーと情熱で自分の理想を追求し、行動した人物も希であると思う。物事をやり遂げるそのパワーこそ若い世代に計り知れぬ影響を与えるのではないだろうか。テレビで見た宮脇氏は眼光鋭い頑固親父という印象であった。この本とテレビからこの人の強い人物像がビンビン伝わってきた。
投稿者 ishikawa : 20:59 | コメント (0)
2005年07月27日
一級建築士 倍速作図の完全攻略

一級建築士 倍速作図の完全攻略
今年も「足の裏の米粒」といわれる一級建築士試験の学科試験が終わり結果が予備校を通じてわかる頃ですね。ということで学科に合格した人にオススメ本です。
わたしが受験したときは仕事も手書きで製図していた頃でした。学科が受かって製図だけ中央工学校のコースに通いはじめたのですが、どうしても時間内に製図を終えることが出来ませんでした。
その時に偶然出会ったのがこの本です。
仕事で製図をしていたので、それなりの自負があったのですが、この本を読んで目からウロコ状態でした。「受験製図」という言葉があるかわかりませんが、受験の為の製図方法を身につけなければ合格できないとこの本を読んで感じました。
いままでの自負を捨てて、この本のマニュアル通りに道具を揃え、書き方を覚えると・・・アラ 不思議ってな感じで時間内に終わるようになりました。要するに実務の製図が丁寧すぎて時間がかかるだけの事だったのですが。
お陰様で製図は一発合格で感謝感激でした。
あれから7年経ちさらに学科も製図も難しくなっているようですが、この本はいまでも必ず役に立つと思います。製図を受験する皆さまの検討を祈ります!
ちなみに
「足の裏の米粒」とは、とらないと気になるが、とっても食えない。という業界用語?です。
投稿者 ishikawa : 09:51 | コメント (0)
2005年05月24日
地球持続の技術

地球持続の技術
小宮山 宏
地球環境持続の為に技術でなにが可能であるかわかりやすく解説されている。
以前紹介した養老先生の本が環境問題の政治的な側面を照らしているのに対し本書は技術的な側面を照らしている。
それにしても、この本で予測されている未来は暗く少し恐怖を覚える。(温暖化による水位の上昇は徐々に進行し温暖化が納まったとしてもすぐには水位の上昇が止まるわけではないらしい)2050年にどうなっているかがひとつのターニングポイントであるらしい。もう生きていないかも知れないが、わずか44年後である。ちなみに建築設計にヒントとなる技術も多数紹介されているが、いまのところ断熱をよくすることが環境負荷には一番効果的である。
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目次
第1章 地球は持続できるか
第2章 エネルギーを知る
第3章 省エネルギーはどこまで可能か
第4章 「日々のくらし」の省エネ技術
第5章 「ものづくり」とリサイクル
第6章 自然エネルギーの導入
第7章 地球を持続させるために
第8章 技術は社会とどう向き合うか
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投稿者 ishikawa : 16:30 | コメント (0)
2005年05月17日
脳を育てる

脳を育てる
ゴールデンウィークに購入した本。5章の「男性の脳と女性の脳」に同性愛者の脳のことなどが書いてあり興味深い内容でした。
章立ては以下の通りです。読みやすい本なので下手な解説は省力です。
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目次
1 自分との対話
2 脳は変化する
3 脳のしくみと働き
4 脳の働きを高めよう
5 男性の脳と女性の脳
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投稿者 ishikawa : 08:37 | コメント (0)
2005年05月10日
建築家 林昌二毒本

建築家 林昌二毒本
林 昌二
ゴールデンウィーク後半に読書した本のひとつ。ややおくればせながら。
新建築社から出版されているので、はじめてでない原稿も多くやや飛ばしながら読みすすめました。
本の印象と言うよりとても個人的なショックはA・レーモンドが東京大空襲の作戦に協力していたという事実でした。こういう話はやはりこの年代の人が残してくれないとわからないことで、少し前のA・レーモンドのブームや戦後の仕事ぶりなどからしても、やはり日本人はお人好しな民族なのかもしれない。
ほかにも
戦後の建築界の流れがその世代を生きた人の証言として、記されていて興味深い内容であった。それと組織建築家としての生き様というか考え方などもやはり個人の建築家との違いを明確にしているあたりも興味深く、もし学生の頃読んでいたらまた違った道筋を目指ざすことを考えたかもしれないなと思ってしまった。
建築の仕事に携わるには、アトリエ系、組織事務所、ゼネコン等の選択肢があるが、組織事務所に興味ある人は是非読んで貰いたい本であり、わたし自身もまた違う視点を得られたような気がする。とても興味深く読ませていただいた。感謝。
投稿者 ishikawa : 00:00 | コメント (0)
2005年02月25日
養老先生の環境論

いちばん大事なこと—養老教授の環境論
養老 孟司
建築設計に携わってると、設計時に頭で考えていた図面が工事現場でこんなにエネルギーを消費する一大イベントということに毎回驚く。(恥ずかしながら)環境の事を考えたら建築などしないことが一番だという原理主義に陥りたくなる気持ちもとてもよくわかる。
建築設計に関わる身としては、これから環境問題は避けては通れない問題であり、実際に最近は建材や設計条件にも「環境に配慮した○○」というのが氾濫している。しかしそれらが本当に環境にいいのかどうかなんて誰にもわからない・・・と思う。「環境に配慮した○○」というのは、経済活動を止めるわけに行かず前に進まなければならないことの、いいわけがほとんどではないだろうか?
本の帯に書かれた「都市という頭、田舎という身体」。死にたくなくとも人は必ず死ぬ。意識と身体が乖離した結果が今の環境問題の一因であるということである。
何を言ってるかわからないと思うので、是非この本や養老先生の他の著書を読んで貰いたい。(なかなか要約するのは難しい)
投稿者 ishikawa : 23:40 | コメント (1)
2004年07月01日
夢の場所・夢の建築—原記憶のフィールドワーク 吉武 泰水

夢の場所・夢の建築—原記憶のフィールドワーク
吉武 泰水
大変興味深い視点である。恐れながらわたしの解釈では、夢と現実は、無意識と意識と読み替えることができ、人間の精神(意識と無意識を含む)を構成していると言える。
ならば夢の無意識空間体験と現実空間体験とで人間の空間体験を読み解くことができ、それが理解されることで建築にあらたな地平を開くことができるという視点で書かれている。ちなみに著者はいわずと知れた建築計画という学問を切り開いたパイオニアである。
投稿者 ishikawa : 09:20 | コメント (0)
2004年06月29日
TOKYO STYLE 都築 響一

TOKYO STYLE
TOKYO STYLE 都築 響一
文庫版で再版されたこの本をひさしぶりに手に取った。再び新鮮な気持ちで見ることが出来た。個人的な感情かもしれないが、中学や高校の時に漫画やテレビなどに描かれていた大学生活、社会人生活への憧れの感情がこみあげて、とてもノスタルジーな気分にさせる。松田優作の刑事ものや中村雅俊の先生ものドラマで皆こんな狭くて汚い部屋だけど、なにか見たことがないアイテムが部屋の中にあって、憧れてみたものだった。
投稿者 ishikawa : 09:09 | コメント (0)
2004年06月27日
サイレント・ガーデン—滞院報告・キャロティンの祭典 武満 徹
サイレント・ガーデン—滞院報告・キャロティンの祭典 / 新潮社 / 武満 徹
サイレント・ガーデン—滞院報告・キャロティンの祭典 / 新潮社 / 武満 徹
これはわたしが世界一美しいと思う本である。 武満徹の最後の滞院生活の日記とその時にスケッチし娘に残したレシピ集である。 生と死の対比というと安易だが、その果てに限りない愛情を感じる本である。
バッハの「マタイ受難曲」は武満徹が新しい仕事を始める前に儀式のように聞いていたそうだが、病院で最後にラジオで聴いたのも偶然にもこの曲だったそうである。神はいるのですね。
尊敬する偉大な芸術家を真似てわたしも新たな仕事にかかるときには、この曲を聴くようになりました。
投稿者 ishikawa : 09:06 | コメント (0)
行動主義—レム・コールハースドキュメント / TOTO出版 / 瀧口 範子

行動主義—レム・コールハースドキュメント
瀧口 範子
行動主義—レム・コールハースドキュメント / TOTO出版 / 瀧口 範子
このドキュメントには現代社会を生きる建築家のひとつの未来像とその真実が天才を通じて明らかにされています。コールハース率いるOMAは世界を転戦しスピードの限界を極めるFIティームのような組織ではないでしょうか? キネティックエリートって言葉知っていますか?世界中を飛び回って仕事をするエリート層のことのようです。憧れますね。
投稿者 ishikawa : 09:05 | コメント (0)
2004年06月17日
earth from above 365days


Earth from Above: 366 Days
Yann Arthus-Bertrand, Brian Groombridge
earth from above 365days
地球を365日上空から撮影した本である。

事務所では日めくりカレンダーとして入り口の脇のデスクに置いてある。写真は昨日の姫路城、今日のアメリカ空軍のアリゾナのベースキャンプである、建築物から自然まで世界中の一風変わった風景を美しく上空から捉えている。
投稿者 ishikawa : 08:54 | コメント (0)
2004年06月07日
レム・コールハース

toto出版:行動主義 レムコールハース ドキュメント
著者:瀧口範子
行動主義と名付けられたこの本は、建築家レム・コールハースのドキュメントである。
本からは世界を相手にして現代の都市、建築をデザインする建築家とその組織のありようがリアルに伝わってくる。それは極限的なスピードを追い求めて戦い続ける知のF1ティームとよぶに相応しい、あらたな建築家像なのではないだろうか。
masa
