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2005年06月28日
福岡 その2
まだ6月というのに東京は35度を超えました。少し涼しい画像を。
先月行ったキャナルシティ博多です。1時間おきに噴水ショーが行われている様子。
ここの雰囲気はフロリダのディズニーのような虚構の世界です。キャナルを介して密度の高い商業建築になっています。最近出来た六本木ヒルズに比較しても良くできています。(ヒルズは段差有り、行き止まり有りで最悪ですが・・)
中州の屋台を模したようなワゴンショップ。渦巻きペイブメントはなかなかです。
宿泊したキャナルシティのグランドハイアットのサニタリー、トイレの上にテレビがあるのですが、用を足しながらは見られないのが今ひとつ・・・小なら見られますが、撮影している側にバスがあるのですがこちらも遠くて見にくい。でもバスの時はずっと付けていましたが。
ホテルはロビーや客室のインテリアはなかなかでした。キャナルシティーに来た際にはオススメです。
投稿者 ishikawa : 18:16 | コメント (0)
2005年06月24日
猫型?

新しい新幹線は猫型です。
ドラエモンカラーだし。
日経ネットから拝借しました。ゴメンナサイ。
投稿者 ishikawa : 13:30 | コメント (0)
福岡 中州
長崎からつづき、福岡に移動してきた。写真は中州の写真。ここも30過ぎてはじめての訪問地である。
「気持ちでよか、金ば、じゃんじゃんいれちくれ」と足下に。しばらく聴いていました。
屋台が軒を並べている。はじめてここを訪れてちょっと面食らったのは、性風俗の店の多いこと、しかもこの屋台の裏にズラッと軒を連ねている。歓楽街でも普通はもう少し隠れたところにあるような気がするのだが・・・・土地勘がないのでイマイチよくわかならいが目立ってました。
そういえばツアーのガイドから貰った中州商店街のガイドの1/3はそれ系の店でした。
宿泊はキャナルシティでしたが、そこに抜ける道もそういう誘惑を避けて通れないルートでした。もう「うるさい!」って感じで帰途につきました。
次回は現在のキャナルシティをすこし紹介します。
投稿者 ishikawa : 10:16 | コメント (0)
2005年06月20日
ヌードで? 自転車に乗ろう
日本のクールビズも少々かわったキャンペーンだが、世界にはもっと不思議な環境キャンペーンがあるらしい。World Naked Bike Ride つまりヌードで自転車にのろうというイベントである。化石燃料を使用する乗り物ではなく環境に優しい自転車に乗ろうというわけである。
なぜヌードで自転車に乗るかははっきりいって不明で、おそらくイベントとして目立つということしか考えられない。各国のサイトをみると、本当に何も身につけず乗っている人、ボディペインティングしている人、局部だけ身につけている人と様々だが、一応各都市単位のグループでなんとなく傾向があるようだ。そのうち日本でもはじめる人達があらわれるのだろうか?日本では何も身につけないときっと警察に捕まるでしょうね。
公式サイトはこちらです。ちななみに18禁画像が含まれます。
world naked bike ride
投稿者 ishikawa : 22:08 | コメント (0)
2005年06月19日
予定価格バレバレの実態
アエラ05/06/27号の記事。
「積算資料」などの発行元の経済調査会、建設物価調査会の2財団法人(国道交通省所轄)が「橋梁用ゴム支承」の製造販売元業者13者から業者が談合した価格を掲載するように交渉したというものである。
道路公団は、現在の橋梁談合で天下り役員が主導して談合を取り仕切っていたと疑いがもたれている。そして今回は建設物価の調査を依頼している、先の2財団法人が03年度の調査費用、あわせて5億の調査費用で請け負いながら業者の言いなりの価格を調査価格として採用していたというものである。この組織が国民の為に如何に機能していないかを物語っている。
さらに国土交通省所轄のこの2財団法人については、
役員には国土交通省のOB3人、会計検査院のOBがが1人含まれていたというのである。
これがもし他にもあてはまる業界の慣例であるならば憤りを禁じ得ない。
なぜならば
我々設計事務所は公の単価や積算資料以外の工事部分に関してはメーカーから3社見積もりをとって一番安価な価格を採用することになっている。
これは意味のある必要な作業である。
時間のかかる作業であるが公正で適正な価格を調査するという意味でも重要な部分であると考えている。ところが、今回のスキャンダルとなった2財団法人は天下りのOB役員とともに、税金から調査費用をもらっているにもかかわらず、業者の言いなり価格を本に掲載して出版しているというのである。
すべてがこうではないと信じたいが、いずれ実態を明らかにし自ら公表し今回のことについても、謝罪してもらいたい。
これに関連してちょっと横道にそれますが、
公の工事の設計は上記のような作業の他、補助金に対する官のチェックがあり、この対策のため様々な書類を作成しなければならい、また何もなくとも官が来るときには質疑に対して控えていなければならなかったりと、多くの時間と労力を割かねばならない。
こうした補助金を是正し地方に財源を渡し、地方の責任で税金の使い道を考えることで、無駄な建設工事をなくし国からのチェックを無くすことで、それにかかる費用と労力が削減でき、より効率的な行政運営をしようというのが、地方分権のひとつの狙いである。これも早く進めて貰いたいものである。
投稿者 ishikawa : 16:08 | コメント (0)
2005年06月13日
長崎 その3

グラバー園を後にしてここに来ました。長崎平和公園です。原爆落下の中心地とその北側に世界平和を願って造られた公園である。
ここには原爆投下前には刑務所があったらしい・・・意図的な投下ポイントであったのかはわからない。

いまでもその廃墟となった刑務所の基礎の一部が残されている。

ホテルに戻っての夜景。正面がグラバー園方面である。高松伸氏設計の旅客ターミナルが見える。

投稿者 ishikawa : 09:22 | コメント (0)
2005年06月10日
「大阪教育大付属池田小児童殺傷事件」から4年

いつまでも花菜を抱きしめていたい──「大阪教育大付属池田小児童殺傷事件」から4年
塚本 有紀
小学校の設計に携わっていることもあり、早速読んだ。
現在、建築中の小学校を設計する1年程前におきた事件である。設計時にも数々の学校内での事件がありその度に自分が設計した学校で同じようなことがおこった場合、どうなるだろうと自問してきた。
この本では主に被害者心理が中心に書かれており、事件の残忍さや被害者の苦しみがストレートに伝わってきて、特に被害者の子供と同年代の子供を持つ親としてはとても直視して読んでいられないほどであった。
あれから4年、学校では様々な事件が起きた。ひとつひとつの事件は特殊で偶然かもしれないが数が多すぎるように思う。
設計者としては万全を尽くしたいが、問題の根幹が見えてこない以上、抜本的な解決策が見あたらないのが実状ではないだろうか。
この事件の犯人の動機からすると素性のわからない隣人が寄り集まっている都市の中にある小学校は、その場所の位置づけがソフト、ハード両面で大変難しい状況にあるように感じる。
投稿者 ishikawa : 14:29 | コメント (0)
2005年06月09日
長崎 その3

グラバー園のつづき
最後にグラバー邸を訪れました。写真は、これがポルティコ部分です。グラバー園みたポルティコの天井はみな格子組の天井でした。これは建設当時からなのでしょうか?あまり見かけたことのない仕上げでしたのでちょっと驚きでした。涼しげでなかなか良いですけど。
全景ですと言いたいですが半景くらいですね。グラバー邸を訪れたことのある人はわかると思いますが全景を捉えられるポイントがないのです。

内部のサンルームです。ここで蘭を育てていたのでしょう?中央付近にキリンのマークのモデルとなったと言われている狛犬が見えます。(ちなみにキリンのロゴのデザインは建築家六角鬼丈氏の父上だそうです)

グラバー邸は1863年に建設され日本で最も古い木造西洋風建築です。
主のグラバーは、貿易商で幕末には薩摩や長州に武器を売ったりしていましたが、売り掛けが回収できず一度倒産しています。明治には岩崎弥太郎の三菱商会とともに歩み、日本の近代化に貢献した人物です。日本で初めての蒸気機関車を長崎に走らせたのも彼でキリンビールの創立などにも貢献しています。グラバー邸にはキリンのマークのもとになったと言われている狛犬がいます。
明治41年外国人として初めて勲二等旭日重光章を受けています。
投稿者 ishikawa : 12:15 | コメント (0)
2005年06月07日
長崎 その2
長崎グラバー園のつづき 写真は旧オルト邸、長崎に残る石造りの洋館としては最大級のもの。
ポルティコ。柱は天草石を使用している。
オルト邸の裏にある炊事場。独立した建物になっている。こういう形式のものは初めてみた。
炊事場の中です。
エントランス正面にある噴水です。

この家の主であったオルトは開港とともに長崎にやってきて、九州のお茶をアメリカなどに輸出して大成功をおさめた人物だそうです。
つづく
投稿者 ishikawa : 20:27 | コメント (0)
2005年06月03日
長崎 その1
柳川からつづき長崎です。(旅の順番は逆だったのですが)
写真は大浦天主堂、日本にある最古天主堂で国宝に指定されている。そのほか長崎を中心として天主堂が多くこのあたりにはあるらしい。
(天主堂巡礼
)
天主堂巡礼—織田寧人写真集
織田 寧人
大浦天主堂をみてからグラバー園へ
グラバー園内には坂を昇るエスカレーターがある。それを利用して丘の一番上まで行くと、「旧三菱二ドックハウス」前にでる。ドックハウスとは修理の為に船が造船所に入っている間に乗組員が宿泊した施設のことらしい。
バルコニーからは長崎港が一望できる。見ている方向は長崎市内方面で山の向かうに原爆が落とされた見えている山が障壁となり、このあたりは被害が軽度であったとガイドが言っていた。
下の写真は旧リンガー邸
旧リンガー邸のポルティコ部分 グラバー園にはこの他にもこうしたテラスのある洋館があってそれぞれ趣向を凝らしたデザインが楽しい。
つづく
投稿者 ishikawa : 18:06 | コメント (0)
2005年06月01日
柳川 その2
数年前、なぜ柳川に行きたくなったかというと「東京日和」に影響されたから・・・もちろん写真集と映画両方。映画はややセンチメンタルすぎたが、柳川の風景は美しかった!映画はアラーキーの写真集をもとに映像化された。
偶然にも結婚式の場面に出くわした。(映画にもこんなシーンがあったはず。)写真の左奧に神社があり、川を下ると披露宴会場がある。以前、潮来を訪れた時に、潮来では昔は花嫁は皆、船に乗って嫁いできたと、老婆の船頭が語っていたのを思い出した。
川の途中にはこうした店が2カ所ほどあった。売り子のおねいちゃんが声をかけてくる。潮来にこのような場所はなく、もっと素朴だった。そういえば、松江にも堀の遊覧があり柳川を参考にしたと聞いたことがある。

この洋館は「御花」と呼ばれている、旧城主立花家の邸宅地でこの洋館に裏には昔の和風邸宅と庭園がある。
柳川滞在はわずか数時間という短い時間であったので散策もできずじまいで街のスケールもわからなかった。
ちなみに
この地のゆかりのある文人は北原白秋は生家があり、檀ふみの父、檀一雄もこの地に住んでいたらしく、年に一度必ず、檀ふみはお墓参りに?(たぶん)訪れていると船頭から聞いた。
いずれまた、こんどは、西鉄でゆっくりと訪れてみたい。

東京日和
荒木 陽子, 荒木 経惟
