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2005年04月26日

「谷口吉生のミュージアム」開催記念講演会シリーズ第1回 

Yoshio Taniguchi: Nine Museums
Yoshio Taniguchi: Nine Museums
「谷口吉生のミュージアム」開催記念講演会シリーズ第1回
4月22日 新見隆(武蔵野美術大学教授)ゲストにより行われた講演会を聞きに行った。

恥ずかしながら、新見隆(武蔵野美術大学教授)の予備知識がないまま行ったのだが、かつてのセゾンミュージアムのキュレーターということで建築の領域のひとではなく、アートの世界に人であった。
講演では新見氏と谷口氏が同時に登場し、新見氏の講演をまず座って谷口氏が聞いているという形ではじまった。
講演の内容は、Momaの増築が日本的であるということからはじまり、その他の谷口作品の日本的な側面について新見氏の言葉で説明をしていたように思う。要約してしまえば、西欧の一神教に対し日本の八百万の神的、多神教の空間という説明から、一神教的な閉じたホワイトキューブではなく茶室や日本の伝統建築的な外部空間との関係や導線の導き方によって、開かれたホワイトキューブとなっているというようなことを様々な角度から説明されていた。そして新見氏の講演のあと谷口氏の短い挨拶があり、質疑の時間となった。質問は建築学生が主だったようだが、建築を専門としない人も質問していた。谷口作品の人気の高さを物語っていたように思う。
感心したというか、とても立派だと思ったのは、谷口氏の質疑への回答の質の高さと態度であった。学生のやや的を得ないような質疑に対しても、場を白けさせせないよう真摯に相手の意図を読み解き答えていた。
質疑の回答で印象に残ったのは、断片的であるが次のようなキーワードであった「敷地から発想する」「外部環境、都市との関係について」「建築を雰囲気のように創りたい」
特に「昼から夜に反転する夕刻に内と外の明るさが一致する瞬間に内と外の境界、つまり建築が消える瞬間に場の雰囲気だけが残る、それがとても魅力的な時間である」とおしゃっていた。おそらく自らの建築もそんな雰囲気として存在する建築をつくりたいと考えているのではないかと感じた。

最後に
材料について質疑がなかったのはやはり実務者の質疑がなかったからではないだろうか。新見氏も材料についてはあまり多くを語らなかった。(専門外なので仕方がないかもしれないが)谷口建築は一見シンプルなので真似をしようと思うと、材料や施工技術が如何に極められていていて簡単に真似の出来ない次元に高められていることを思い知らされる。そしてその材料や技術にも新見氏が指摘した日本的美意識が徹底されていることに気づかされるのである。おそらく次回のゲストである槇文彦氏はそのあたりに触れるのではないだろうかと、ちょっと予想しています。

ということで、次回は建築家槇文彦氏がゲストです。もちろんチケット入手済み。またレポートします。

メモと記憶からおこした印象記なので、同席した人で内容に間違いや批判があればお手数ですがコメントしてください。


投稿者 ishikawa : 2005年04月26日 00:40

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