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2005年03月31日
ネッコ坂史跡 お散歩ルート その4
Tod'sに後ろ髪を引かれながら、ルートに戻り、ネッコ坂へ向かう。
(地図)
ネッコ坂です。タモリの本では「江戸のはずれにあった稲葉長門守の屋敷の北脇を、西方隠田村に下った坂道です。根のようなカーブが由来で、現在坂下はキャットストリートです。」写真の左手は民営化で話題の郵政公社の宿舎です。いい場所にありますね。
(地図)
坂下から写真左手は天理教の建物のようです。これでおしまいです。
(地図)
日曜はもの凄い混雑です。いつもなかなか事前の準備が足りないのと、チビ連れで思うように動き回れないこともあって、内容の薄い取材で反省です。歩いているときは気がつかない建物の名前が、マップファンに書かれていて、そうなのかぁ〜といいう感じですから。次はサクラが咲いている内にサクラの綺麗な坂に行きたいですね。
投稿者 ishikawa : 15:01 | コメント (0)
2005年03月30日
ネッコ坂史跡 お散歩ルート その3
勢揃い坂です。別名、源氏坂。由来は永保3年(1083年)の後三年の役の出征前に、源氏(八幡太郎)義家が軍隊をここに集めたことから、らしいです。
(地図)
勢揃い坂からキラー通り、ワタリウムを横の脇道に入って行きます。このあたりからなんとなく表参道に向かって段々と賑わいを増していく雰囲気で、ちょっとランチタイムということでカフェへ。
(地図)
そして、表参道に辿り着き、天才、伊東豊雄が手がけたTod'sの交差点です。実は竣工してからははじめてなので、場違いな身なりのまま中へずかずか上がり込み、インテリアも体験してきました。スバラシイ!の溜息のでるようなデザインでした。帰りに際にも新たな発見!なんと免震構造じゃないか!しかもコンクリリートとガラスの面精度も信じられないくらいで・・・・しかもしかも、写真のエントランス部分の大ガラスの処理なんて、凄すぎでした。敬服。
(地図)
・・・充分堪能して、またネッコ坂ルートに戻ろうとしたところだめ押しで・・・この扉ですよ。これくらいスティールでも良いじゃないか?この気合いの入り方はきっと、このドアが対面するのは、先日なくなられた巨匠丹下健三のハナエモリビルのだから?と思ったりして。そういえば今日、朝日の夕刊で巨匠丹下健三の葬儀が行われた記事が載っていました。磯崎さんが声を震わしていたという記事とハナエモリのコメントなど印象的でした。
投稿者 ishikawa : 08:39 | コメント (0)
2005年03月29日
ネッコ坂史跡 お散歩ルート その3
千駄ヶ谷の富士塚を後にして、観音坂へ・・・・緩やかです。・・・と思ったら道を間違えたようです。真っ直ぐかと思ったのですが、左に曲がるのが正解でした。
(地図)
この界隈はお洒落な店が点々としています。古い建物をリニューアルをしたようです。
(地図)
これが榎木坂のつもりだったのですが、間違えたようです。残念。リンクした地図の西側を見てます。
(地図)
正解はこっちのようです。
(地図)
間違えたので、外苑西通りに出るために、千寿院の下を抜けるトンネルをくぐりました。幽霊かと思ったらカビキラーをかけられれている火星人でした。
(地図)
外苑西通に出ました。千駄ヶ谷インテンスが見えます。回り道をしただけで、千駄ヶ谷の駅からはあまり進んでません。
(地図)北を向いて撮影。
大夫ルートを逸脱したのでネタ不足に陥りました。次回は正規ルートに復帰したのでネタ満載?でお届けします。
投稿者 ishikawa : 08:37 | コメント (0)
2005年03月28日
ネッコ坂史跡 お散歩ルート その2
昨日の正解は画像に書かれた通り「富士塚」です。恥ずかしながらこんな信仰が江戸時代にあったなんて知りませんでした。「千駄ヶ谷の富士塚」は原形を良くとどめており、東京にあるものでは最古のモノらしいです。
(地図)
下からみるとこんな感じです。なかなか立派です。
上からみるとこんな感じです。富士の溶岩を持ってきたのだろうか?富士山に登った時もこんな岩肌でした。登山道なども本物を模しているらしい・・・。登ってみると低いながらも、なかなか険しい箇所があり、富士登山をミニマライズしていて楽しい・・・というか作った人達が楽しんで作ったに違いない。全体に溶岩でゴツゴツしてウンチのような形状を思わせると思ったら、降りる時にも特大の犬の糞が落ちていた!
反対の登り口。撮影時手前のパイロンに気づかなかった!
投稿者 ishikawa : 17:17 | コメント (0)
2005年03月27日
ネッコ坂史跡 お散歩ルート
約一月ぶりの「タモリの坂道美学入門」です。ルートは「ネッコ坂史跡 お散歩ルート」千駄ヶ谷駅から明治神宮前までので約3.3キロのコース。本とは逆の千駄ヶ谷スタートで行って来ました。写真は千駄ヶ谷の駅から、東京体育館いつ見てもギラギラです。たぶん3回シリーズくらいでアップします。
(地図)
東京体育館のプールの壁にアイビーが這い上がってます。よく見ると撤去したような跡が残っている。槇事務所の建物にアイビーは似合わないです?・・・。(地図)
その向かいにオリエンタルな雰囲気の家具と雑貨のお店がありました。なかなか品揃えで、本格的な家具が沢山置いてあり、天板や欄間だけでも販売もしてました。要チェック!(地図)
鳩森八幡宮前の交差点。
(地図)
鳩森八幡宮前の交差点を左に曲がり今回のはじめ坂、「観音坂」へ向かおうとしたところ異様な築山を発見!これはなんぞや??ということで迂回して鳩森八幡宮の境内へ向かいました。・・・つづく。
この築山の正体をご存じの方いらしたらコメント下さい!正解は次回で。
投稿者 ishikawa : 17:48 | コメント (0)
2005年03月25日
加賀市でみつけた 番外編
いつも加賀市でお世話になっている加賀ホンダ。
八王子からバスで早朝5時到着して加賀ホンダまで徒歩5分。加賀ホンダの前の駐車場からリースしているシビックで尼御前岬へいき、仮眠します。尼御前には北陸道のパーキングがあるので、とりあえず不便はありません。あと2回か3回行って、しばらく休みまた8月から仕事が再会します。
加賀ホンダさんには、格安の値段でリースさせていただいていて、大変助かっております。今後ともヨロシクお願いします。
投稿者 ishikawa : 08:40 | コメント (0)
2005年03月24日
小学校の現場 その21 primaryschool constraction site
一部塗装をしました。ここのところ天候不順で思うように進んでおらず、ちょっと現場もイライラ気味ですが・・。
この展望台からは、ここへ通う児童たいの街並みが望め、その背景に白山や日本海が望めます。全体の塗装は白ですが、子供の溜まり場となって場所を作っているところは、黄色を使用しています。今はやや濃いめですが、数年後には落ち着いて、この地域名産の「加賀梨」の色に近づく予定です。いずれにしも少し暖色系の色で暖かみのある場所を作ろうという意図です。
投稿者 ishikawa : 10:04 | コメント (2)
2005年03月22日
丹下健三氏亡くなる
建築家の丹下健三氏が亡くなりました。21世紀に入り、建築界だけでなく社会全体の変わり目にあって、ひとつの時代を築いた建築家が亡くなることは象徴的である。
モダニズムに日本美を追求した美しい建築物は今も尚、輝きつづけ多くの建築家に影響を与えた。私的には代々木体育館が最高傑作と思う。ご冥福をお祈りいたします。
投稿者 ishikawa : 19:45 | コメント (2)
2005年03月20日
小学校の現場 その20 primaryschool constraction site
吹き抜けに取り付く鉄骨階段。小学校の階段は児童用なので建築基準法で決められた踏み面、段の高さ、階段の幅が決まっています。よってかなりゆったりした傾斜の階段となり、どっしり横たわるため、なんとなくリッチな雰囲気です。2期工事で木製の段板と手すりが付けられます。
こちらはステージのプロセニアムと2階奧に見えるのはライブラリーの間仕切りの鉄骨。ステージは通常の小学校では体育館の長手方向の奧にある場合が多いようですが、ここでは計画上やむをえない面もあってこ短手方向側に設置したのだが、できるてみるとこの位置のほうが断然よかった。むしろ体育館型のステージがやむなく長手方向に設置しているでは?ということに逆に気づかされた。この講堂ではどこからもステージに近く、2階の回廊もステージを取り囲む形になっていて、一体感と臨場感のあるスケールとなっているように感じた。
投稿者 ishikawa : 01:11 | コメント (0)
2005年03月19日
小学校の現場 その19 primaryschool constraction site
屋根の仕上げはガルバリウム鋼板の塗装品です。少しパールの入ったグレーです。瓦のいぶし銀のような感じです。この小学校は海から1キロと海に近く塩害恐れがあるので、錆びに強くコストパフォーマンスのよいガルバリウム鋼板葺きとしました。
2階から見た写真。パールが入っているので光の当たり具合で印象が異なります。
1階の部分の金属屋根。
投稿者 ishikawa : 02:42 | コメント (0)
2005年03月13日
宮島達男のデジタルカウンター
わたしの住む近くの東京オペラシティーに宮島達男のデジタルカウンターがある。
階段に埋め込まれたデジタルカウンターは昼間は階段と同化していて殆ど姿がわからないが、夜になるご覧のように赤いLEDとなって数字のカウントを始める。このカウンターはよく見るとひとつづつカウントする早さが違う。そして一瞬消滅する時もある。
カウンターの意味は「それは変わりつづける」、「それはあらゆるものと関係を結ぶ」、「それは永遠に続く」それぞれの数字が異なる速度で明滅し、ゼロを示さないことによって、時間や人間のライフサイクルの連続性、永遠性、関係性を示唆している。
投稿者 ishikawa : 14:08 | コメント (2)
2005年03月12日
小学校の現場 その18 primaryschool constraction site
講堂の足場が完全に解体された。じつはその15でアップした写真は他のスタッフが撮影したもので、わたしは昨日この中にはじめて入ったのである、その瞬間、実は少し衝撃を受けた。
この小学校の設計で一番苦心したのが講堂のプランと形であった。どうしても両翼の特別教室との整合がうまくいかなかったり、補助金の関係でやむを得すプランの変更を余儀なくされたり、はじめは予定していなかったステージのプロセニアムアーチを付けたり、トップライトからの光の入り方や形状を限られた防音サッシュのタイプから決めなければならなかったりと、様々な困難がこの空間に集中してしており設計の最後の最後までいろいろと手を加えた部分であった。そして最後までこれでいいのか自信のない部分であった。
そういう葛藤のあった部分が出来上がり、はじめて訪れる設計者に「どうだ!これがおまえの考えたものだ!」という圧倒的な大きさで訴えてくるものがあった。
これで完成ではないが、とにかく構造体が出来てしまえば、内装にできることは限られている。もう後戻りはできない。
投稿者 ishikawa : 17:53 | コメント (0)
2005年03月11日
小学校の現場 その17 primaryschool constraction site
外部に「雁木」と名付けた鉄骨庇の取り付けがはじまりました。
下から見上げたところ。錆止めの亜鉛メッキをしてある状態です。仕上げに白の塗装をします。軒裏は杉板を貼る予定ですが、鉄骨は見えたまま仕上げます。
仕口のアップ。これから補修をかけてペンキをします。コンクリートとの精度の問題や施工手順などやや苦労したところでした。
現場も大詰めになって来週から塗装をはじめます。塗装をするとだいぶ印象が変わるので楽しみでもあり、不安でもありですね。
投稿者 ishikawa : 23:43 | コメント (2)
2005年03月10日
小学校の現場 その16 primaryschool constraction site
「パッサージュ」と名付けた吹き抜けに取り付ける鉄骨階段。
2階からみた吹き抜け。2階は主に図書室や音楽室、図工室、理科室、家庭科室などの特別教室となっている。つまり普通教室から特別教室へ移動する時にこの「パッサージュ」を通る導線となっている。「パッサージュ」の一階は職員室となっていて、廊下には学校の行事やお知らせを貼る掲示板がある。「パッサージュ」は吹き抜け、階段、情報が結節する溜まりの場所となっている。
※(パッサージュ)については良いサイトをみつけたのでこちらを参照下さい。
投稿者 ishikawa : 01:58 | コメント (2)
2005年03月09日
小学校の現場 その15 primaryschool constraction site
講堂のコンクリートのサポートの解体が進み、アーチ型の梁がほぼ見えてきました。
こんな感じです。通常アーチにすると上からの荷重を支える格好になるので、その下はやや圧迫され、囲まれた雰囲気になるのですが、この講堂は子供たちの活動の場となるので、アーチの重々しい雰囲気を避け、子供達の活動を内側から膨らました空間となるような狙いでプロポーションを決めました。仕上げは防音工事(補助工事)の関係で梁と梁の間は天井を貼ります。梁は補修をかけてペンキ仕上げの予定です。
こちらは、屋根の木造の庇です。こちらも防音工事(補助工事)の関係で構造体はコンクリートにするのが条件なのですが、せめて内と外をつなぐ庇の部分だけでも木造とし、木の持つ柔らかい雰囲気を外観にも付加する狙いです。
屋上広場、木造の軒下です。トップライトの日除けと同時に屋上に「軒下」という場所を作っています。ここから運動会などイベントを見ることも出来ます。窓は普通教室の窓なので、屋上から教室の様子が伺えます。この屋上はさらに突き当たりに展望広場への階段につながっていて結構楽しい。
投稿者 ishikawa : 09:17 | コメント (0)
2005年03月08日
フジテレビ 西武 ライブドア

フジテレビのお台場の本社屋は建築家丹下健三の設計である。同じく報道が過熱している西武のプリンスホテル、赤プリをはじめいくつか手がけている。(正確には代替わりしていて、違うという意見もあるかもしれないが)
テレビ報道ではフジテレビの社屋と六本木ヒルズと並べて報道しているが、六本木ヒルズは森ビルの所有物であるので、やや絵面としては誤解したイメージを与えている。
それはともあれ
建築家は請負商売なので時の権力者をパトロンにつけ、権威的な建築物を設計することが西洋古典からマエストロと呼ばれた巨匠建築家たちのステータスである。そういう意味では、建築家丹下健三はこの報道を見るだけでも如何に時の権力者の仕事を請け負ってきたかがわかる。フジテレビ、西武の他にも国立代々木体育館(国家プロジェクト)、東京都庁舎など・・・。一方、ライブドアは賃貸社屋である、堀江社長もノータイである。住居も六本木ヒルズのレジデンス棟と、いまのところ所有にはいっさいこだわりがないようだ。いや・・全てを思い通り支配したらビルを建てるかもしれないが。それであればこのような人物にどのような社屋が似合うのか考えてみるのも面白い。
既存メディアとITの融合
個人的にはテレビを代表とした既存メディアとITの融合は既存勢力の利権と法規制さえなければ、技術的には容易に達成できると思うし、ライブドアがこけてもいずれそういう時代が来ることは間違いない。ならば既存メディアは早く先見の明のあるIT企業と融合し新たな利権の枠組みを再構築することが企業価値を高めると信じている。その意味ではソフトバンクがブロードバンドインフラを促進したことによって新たな金(情報)の流れをつくり出した功績は大きい。既存メディアとITの融合も今は将来のイメージがぼやけていても新しいビジネスを生みだす事になるだろう。皆がそう思っているようにフジの会長の振る舞いと、かつての道路公団の総裁の振る舞いとダブって見える。
投稿者 ishikawa : 09:06 | コメント (0)
2005年03月07日
加賀市で見つけた12 北前船の里 橋立
加賀市には橋立町、瀬越町、塩屋町の北前船主の里がある。今回はそのうち橋立町の紹介です。(地図)写真は北前船主の里資料館の母屋。
北前船とは、江戸中期から明治にかけて、大阪を起点に瀬戸内海から日本海を抜けて北海道までのも航路を、積み荷を売買しながら各地の港に寄港した商船のことを言います。1976年の「船道定法記」によれば、当時の橋立村には48名もの北前船主がいたと記録されており、明治から大正期には「日本一の富豪村」として広く知られていた。(出典:大聖寺藩簡単ガイド)

蔵六園の中庭、蔵六とは亀のことで庭石の形に由来している。
板塀と石畳、石畳は最近整備されたものと思われる。
投稿者 ishikawa : 09:26 | コメント (0)
2005年03月06日
こころうた 浜田真理子

mariko live~こころうた~2003.11.21 at GLORIA CHAPEL
浜田真理子
休日ということもあってたまにはCDを紹介しようと思う。
何週間か前の「アエラ」ではじめて浜田真理子の記事をみて購入した。浜田真理子は島根県松江に今も住み歌手活動をしている異色のソングライターである。
その歌声はとてもスピリチャルな響きで、自身のピアノで丁寧に言葉を歌い上げている。ちょっとおこられかもしれないが、わたしの印象は中島みゆきと五輪真弓を足して2で割ったような印象である。何がいいといわれるとちょっと困るが、癒されるというか、落ち着けるというか・・・心の奥底に響いてくる声色なのだと思う。「アエラ」の特集紹介記事では年に何回も行われないライブはいつも満席で、井上陽水をはじめ各界の著名人が訪れるライブらしいのです。
ちなみに、このCDで一番のお気に入りは「水の都に雨が降る」水の都とは松江のと事である。浜田真理子が故郷である。松江を一度だけ先輩を訪ねてひとり旅をしたことがあって、その時に城の堀や干潟、川、小川などとても水の印象の強い街だったので、この歌はピッタリ印象にはまって繰り返し聴いている。・・・というかこの歌ばっかりリピートし聴いている。もう一度松江に行きたくなります。とにかくオススメ!。
投稿者 ishikawa : 19:20 | コメント (0)
2005年03月04日
東京の雪景色 snowscape

雪が降っています。事務所の3階から撮影。(地図)


先週以来の雪です。昨日の深夜2時くらいに外を見たときには、はみぞれ混じりの雨でしたが、朝起きると一面真っ白でした。昼頃まで降り続けるらしいので、少しだけ雪かきしました。事務所の前のソテツも雪で枝が重そうなのではらってやりました。東京では傘さして自転車に乗っている人も・・・。いま工事監理している北陸では新聞配達も車でした、しかも歩道を走ってました!・・・。
そういえばネットでオリジナルの雪の結晶を作り降らせるサイトがあり、その結晶と一緒に友人にメッセージを贈れます。画面には世界中の人がつくった雪の結晶が空から降ってきてそのデザインとメッセージを見ることができます。いろんなデザインがあって面白く、地球の裏側からのメッセージはネットならではでロマンティックです。ちょっとオススメです。(snowdays)
明後日の日曜も雪の予報です。これが今年、最後の雪となってほしいですね。
投稿者 ishikawa : 08:54 | コメント (2)
2005年03月03日
小学校の現場 その14 サクラの頃

番外編、設計時に撮影したサクラの頃の写真2003年4月末頃の写真。

現在もサクラを残しながら工事は進められている。

グランドからみたサクラ。サクラを残して手前に校舎を建設しているので、もうこの風景は見られない。
投稿者 ishikawa : 10:34 | コメント (0)
2005年03月02日
篠原の金明竹 「加賀市でみつけた」その11
国指定の天然記念物の「篠原の金明竹」節ごとに色が異なるのが特徴である。
ここからはここに置かれていた説明書きの栞から引用させてもらいます。
「金明竹は眞竹の一種で、明治9年6月突然変異で河崎さん宅地内に発生した、金色に近い黄色の幹と、筋模様のある葉を特徴とし、珍しき竹により、明治18年明治天皇北陸巡幸された際に河崎さんと村の役員の方が献上したる際に天皇より篠原の金明竹と命名下されたのであります。
明治9年発生以来、命名される迄篠原の人達は縞竹と呼んでおりましたが、命名後は篠原の金明竹としてひろく世間に知ることとなり、昭和2年4月8日、国指定の天延記念物に指定されました。」加賀市篠原町金明竹保存会
竹はご存じの通り花を咲かせて一斉に枯れるので、保存にはご苦労があったと聞いた。いつまでもここに無事にあることを願う。
先日撮影した篠原地区の遠景写真、瓦の家並みが美しい。
投稿者 ishikawa : 08:57 | コメント (0)
2005年03月01日
新宿駅南口
現在の新宿駅南口。高島屋とサザンテラスが出来てから、南口駅前の歩道が飽和状態であったわけだが只今工事中で、歩道が広がり正面には遠距離バスのローターリーなども整備されるらしい(現在もあるが)今は臨時に広がった歩道に夜になると屋台がでる。なにやら新宿らしくてこのまま残して欲しい感じだが、きっと出来上がると新宿らしくない小綺麗な風景になるのだろう。(地図)